少しぐらいは思案してもいいものなのに、日番谷は厭そうな顔をした後、はっきりとそう言った。

Love*Sweet


「…甘いのは嫌いって、知ってんだろ?」

 呆れた声に、雛森はしょんぼりと顔を伏せた。
 入魂の一品なのだけれども、日番谷はそんな事はお構いなしだ。
 しかも西洋の菓子かよ、と追撃。ひどい。

「…だ、だって…。」

 雛森が七緒の料理教室(とはいっても、周りが勝手にそう呼んでいるだけだが)に通い出して一ヶ月。
 よくまあ忙しい席官があそこまでお菓子作りの講習をする時間があるものだと思うが、そこは一重に七緒が結局お人よしだというところに繋がるのであろう。
 そんな七緒のお人よしな部分に、申し訳無いとは思いつつ少しばかり甘えさせてもらって出来上がった一品が、この真っ白い物体だ。

 普通の料理なら、日番谷も文句を言いながらも食べてくれる。そう解っていても、お菓子を作ってみたいのも乙女心。
 あのキラキラ輝くような可愛さを秘めた、至福の味のするお菓子。女の子があこがれるのも当然だ。

「なんでわざわざ俺のとこなんだよ…。」

 そう日番谷が呟くのも当たり前だ。
 もっと別に甘いものが好きな子は一杯居るし、部下にでも配れば直ぐ無くなってしまうような小さなケーキ。
 それをわざわざ、甘いものが嫌いな日番谷の前に差し出しているのだ。とはいっても、そうなれば、理由は自ずとわかるものだろう。

「…なんでって。」

 あまりにも鈍感な日番谷に、雛森はちょっとむっとした顔をした。
 いつも人の事を鈍感鈍感と莫迦にするくせに、といったところだろうか。
 むくれた彼女を、日番谷は眉間の皺を増やして見つめた。

「…俺、何か変なこと云ったか?」

 …鈍感。

「いーえ、正論を言ったまでですよねえ。」

 ツン、とそっぽを向いて雛森は喧嘩体制である。
 日番谷は彼女に伝わらない程度に、小さく溜息をついた。お姫様のご機嫌を損ねたからには、これからが大変だ。
 とはいっても、何故怒らせたのかを理解していない日番谷にはフォローの仕様もなく、首をかしげているうちにお姫様はどんどんご機嫌斜めになってゆく。
 素直に謝るべきか、とも考えたが、経験上理解していない謝罪は余計彼女の不満度が高まるだけである。

「…雛森?」

 とりあえず、名前を呼んでみる。子供のような初歩的仲直りの一歩。
 けれども雛森は完全無視状態である。第一歩、失敗。

「…もういいよ。」

 いきなり諦められた。
 日番谷が豆鉄砲を食らったような顔をしているのを余所に、雛森は溜息をつきながらケーキを仕舞いなおした。
 いいもん、やちるちゃんにでも食べてもらおう。そう心の中で呟いてみても、どうも気分は晴れなかったようだ。

「何がもういいんだよ。」

 今度は日番谷が不満げである。王子様も一度気に入らなければ相当頑固になるタイプだ。
 雛森はもういいよ、とまた呟いた。完全に意気消沈している。

「ソレ、どーすんだよ。」

 顎でケーキを指して日番谷は尋ねた。
 雛森は肩を竦めて、さあねと返した。もういっそのこと捨ててしまおうかしら、などという案が胸をよぎる。
 大体、彼のために造ったのだから、他の人にあげても仕方無いし、何より失礼だ。それにきっと、他の人にこのケーキはおいしくないだろう。
 かといって、自分で食べる気にもなれない。
 でもやっぱり、捨てるのは勿体なさすぎるかしら…。

 そんなことをぐるぐると考え始め、とりあえず部屋を出てしまおうと意識を戻した瞬間、雛森はやっと自分の手の中にケーキが無いことに気が付いた。

「あれ?」

 思わず間の抜けた声を出してから、それが日番谷の手の中にあることに気付いた。
 何て人。怒りをふつふつと湧き上がらせながら、雛森は思いっきり日番谷を睨みつけた。

「食べないなら返してよ!」

 そんなお叱りの言葉も、日番谷はしれっとした顔で返した。

「誰も食べないなんていってねえだろ。」

 ふぇ?と素っ頓狂な声が出た。いきなり何を言い出すのだこの人はと、雛森は訝しげな視線を彼に投げかけた。

「甘いもの、嫌いなんでしょ?」

「ああ、大っ嫌いだよ。」

「厭なら食べなくていいよ。」

「食べる。」

 意味の解らない問答にイライラし始め、雛森は口を尖らした。
 日番谷は変わらずしれっとした顔なのが、彼女は余計お気に召さないらしい。

「甘いモンには食べ方があるんだよ。」

 雛森が変な顔をしても、やっぱり日番谷は涼しい顔。
 雛森が持ってきたフォークを持つと、慣れた手つきで器用に切り分ける。
 一口サイズに切ったそれをフォークに刺し、持ち上げる。

「雛森。」

 今度は、彼女は素直に顔を上げた。

「あーん。」

 真顔の日番谷に釣られて、思わず口をあける。
 開けてから、え?と今更ながらに違和感を感じる。
 日番谷が真顔でアーン、だなんて、そうそうお目にかかれる品ではない。

 開けられた雛森の口に、ケーキが突っ込まれる。

「んぐ?!」

 唐突の事に、喉を詰まらせかける。
 一体何事と雛森が目を白黒させている間に、日番谷はやっぱり冷静に彼女の顔を両手で固定した。

 そして




 深い、深い口付けを。








「〜〜〜〜〜〜〜〜〜??!!!」

 雛森が悲鳴にならない悲鳴をあげながら、彼の胸板を必死に叩いた。
 けれども日番谷は相変わらずのポーカーフェイスで口付けを続ける。
 息苦しさの限界で雛森の顔が少しばかり青ざめてきたとき、日番谷はやっと雛森を開放した。

 雛森は一度大きく深呼吸をしてから、林檎より赤い頬を携えて日番谷の方に向き直った。

「ひひひひ、日番谷君っ?!」

 無表情だった日番谷が、唐突ににやっと笑った。


「ほら、食べてやったろ。」


 へ?と声を出してから、口の中にあった甘いものがなくなっている事を思い出した。
 自分で飲み込んだ記憶はない、ということは、と思考が繋がってゆく。

「どうする?この調子で、全部食べてやろっか?」

「〜〜〜っ!!日番谷君のへんたいっ!!」

 わけのわからない罵声を放って、雛森は全力で彼の部屋を飛び出した。
 取り残された日番谷はぽかんとした顔をした後に、笑いを堪えているような顔をした。

「…何だそりゃ。」

 面白い反応するよなあ、と思いながら、残りのケーキを摘む。
 甘いのは甘いが、よくまあ、この手のケーキからここまで砂糖を抜いたものだと関心する。
 最早ケーキと呼べる一品ではないかもしれないけれども、日番谷を意識して作られたものであることは瞭然だ。

 空になった皿を、五番隊に返しにいこうと腰を上げる。
 どうやらこれは、お返しをしなければいけないらしい。
 しかしやっぱり、どうも乙女心はわからないと日番谷は首を傾げた。

 それでも、このケーキ製作に費やされた時間と労力を考えると少しばかり頬が緩む。

 頬についた生クリームを舐めとる。口内が甘い。





 sweet sweet。
 たまには吐き出す程甘いのも悪くない。









::後書::

吐きそうなのはこっちだよ!という悲鳴が聞こえてきそうな一品です。
リクエストを頂いて半年以上…お…覚えてらっしゃるでしょうか…(涙)
本当何度土下座しても足りない勢いで申し訳なく思っております…!
しかも待たせてこれ…!ひいい…(涙)
いつもりぃ様のコメントには励まされて…い…るの…に…orz

り、リクエストありがとうございました…!(悲鳴気味)

*りぃ様のみお持ち返りが可能です。真面目に返品可です…(涙)*