別に女性と付き合った事が無いわけでは、ない。
 流石にそこまで枯れているわけでもないから、当たり前だろう。
 それでも、知らなかった。

 この、名を付けることすらわずらわしい「気持ち」。

Sky&Smile

 一角は、ふぁりと一つ大きい欠伸をした。
 上司二人が揃って放置するせいで、巡り巡ってきてしまったくだらない書類の仕事を、今やっと八割方終えたところである。
 首を動かすと、ゴキリとあまりさわやかでない音がした。

 休憩と名の付いたサボりを行おうと、一角は背凭れにもたれかかった。
 リン、と音が聞こえる。
 リン、リン、リン。
 リズムカルに音のなるその方向に目を向けると、予想通り一匹の猫が窓際に寄っていた。

 手を伸ばすと、警戒した雰囲気もなく大人しく撫でられた。
 人慣れしているのだろう。
 珍しいと思いつつも、ゆっくりと撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
 特別動物に好かれる体質でもないので、なんとなく嬉しい気持ちになって、暫くずっと撫でつづけていた。

「あ」

 するり、と猫が手の中をすり抜けた。
 思わず掴もうとして、やめた。その行為があまりにも無意味だからだ。

 猫は前足を窓の外に出した格好で、急にこちらを振り返った。
 リン、と首の鈴が鳴る。
 そして、ニャァ、と短く一言鳴いた。

 動物の気持ちなど欠片もわからないけれども、一角は何故だがついてこいと言われている気がした。
 僅かに残りの書類が頭を掠めたが、見なかった事にした。

 動く気配を見せると、猫は軽い足取りで窓の外へと飛び出た。
 慌てて後を追うと、一瞬見失う。
 リン、と音が鳴る。
 屋根の上に、猫の尻尾を目視した。なかなか誘導上手な猫である。

 再び見失わないようにと、少しばかり足を速めて屋根の上へと飛ぶと、其処には表紙抜けするほど間抜けな顔で寝転ぶその猫が居た。
 だらんと横になって、完全に無防備な姿を晒しているその猫を見ながら、一角は思わず吹き出した。
 良い具合に日があたるこの屋根は、日向ぼっこには最適なのだろう。

「なんだ、お前この場所を教えたかったのか?」

 そう云って撫ぜると、気持ちよさそうに喉を鳴らした。
 十一番隊三席、斑目一角が猫に話し掛ける姿。
 その姿が、他の者にとって目を疑う必要のあるほどのものであると自覚はしていた。
 そのため、少しばかり照れくさくなって、誰が見ているわけでもないのに羞恥心を紛らわそうとごろんと勢いよく横になった。

 瓦が少しだけひんやりとして、頬に気持ちが良い。
 昼下がりの温かい日差しにそそくさとまどろみを覚えつつ、なるほどここは良い昼寝スポットかもしれないと一角は思った。

 よし、寝よう。

 そう決めるのに大した時間は必要ではなかった。
 目を閉じると、日干しされている布団のような気分になった。
 数分とたたずに、意識は遠のいていった。






 何かが頬をかすった感触に、ゆっくりと引き戻された。
 瞼は鉛のように重く、巧く開かない。
 最近覚えたばかりの霊圧を其処に感じた。

「サボリ、発見。」

 どくん。
 心音が鳴った。

 どくん、どくん、どくん

 心音が鳴るたびに意識が覚醒してゆき
 心音が鳴るたびに体温が上昇してゆく。

 霊圧が離れた頃にそっと目を開くと、予想通りの後姿を遠くに見つけた。


 みゃぁ、と一声鳴くと、猫は彼女の後を追って屋根から飛び降りた。
 首輪は、彼女の首輪と同じ革で出来ていた。

 どくん、どくん、どくん

 もう冷え始めた風が吹いた。
 辺りはすでに一面赤色に染まっている。



「反則だ…。」



 小さく呟いた彼の頬も、夕日に確かに染められていた。









::後書::

お待たせいたしましたー!
はりきって書いたら、ネムが名前すら出ませんでした…orz…
サボリ、なんて単語は、一角が教えたものなのでしょうね(笑)
原作風味ということで、ちょっぴり二人の間に距離をだしてみました。
ちょっとでも感じていただけたら幸いでございます。

流架様のみお持ち返りが可能です。*