ほら 今も空が俺達を睨みつけてる。嘲笑っている。
「射殺せ 神槍」
鮮血が飛び跳ねる。
幾度と無く殺した虚の重みが 手を伝わってきた。
耳障りな悲鳴
喉を潰してやりたくなる。
「早う 地獄に墜ちィな。」
ゾッとするような低い声に 虚の悲鳴が一瞬だけ途切れた。
こびり付く音
こびり付く匂い
こびり付く 血。
全てが重い。早く 洗い流したい。脱ぎ捨てたい。それしか 頭に残るものはなかった。
「おかえりなさい。」
羽織についた血を洗い流していた時に 唐突に背中から声が聞こえた。
気付いていたと言えば嘘になるが 気付いていなかったと言っても嘘になる。
「ただいま。」
血が とれない。
音が とれない。
匂いが とれない。
高まる苛つきが 手元を狂わせた。
ばちゃん と 溜めた水が音を立てて跳ねて 咄嗟に後ろに引いたにも関わらず髪先を濡らした。
「莫迦。」
下手なのよ。そう言って 彼女は羽織をすっと奪った。
「乱菊。」
血が溶けた水に 彼女の手が浸るのが許せなかった。
汚して良いのは 僕だけ
あんな奴の血で 汚したくない
「ほら とれた!」
止めようとする間もなく 白くなった羽織を目の前で広げられる。
意外な器用さだ。
凄いでしょう と 久々に見た彼女の子供っぽい微笑みが くすぐったくなる。
僕をこんな感情にさせるのは 本当に
君だけなんやよ。
こびり付いていた血が とれた。
「ギン?どうかした?」
柔らかいその声で
こびり付いていた音が とれた。
衝動的に肩を掴んで引き寄せる。
「ギン?ちょ 止めなさいよ…どうしたの 珍しい。」
止めなさいよ と言いながら抵抗しない彼女が愛おしかった。
優しい彼女自身の香りと シャンプーの花の香りが やっぱり
こびり付いていた匂いを とってくれた。
嗚呼 そうなんや。
此処で全て 洗い流せる
此処で全て 脱ぎ捨てられる。
居場所を見付けてはいけないのに
見付けて しまった。
居場所を壊す前に
早く 何処かへ行かないといけない。
此処を 壊したくはなかった。
そして僕はまた
さようならを言う勇気を持てずに
また
君から 離れてゆくのだろう。
もう追ってこないで
これ以上 愛おしくさせないで。
+戻+