意外と乱菊は眠りが深い。
 −否 深くなった というのが本当は正しいのかもしれない…。
 何処で襲われるかわからないあの区で睡眠を欲するのは確かに難しかったから その反動なのかもしれないと思いながらギンはそのキラキラとした金色の髪に触れた。
 しかし 副隊長にもなって風邪をひくなんて。何してるんやろかこの子は と思わず溜息も出る。


「乱菊…」
「ん…」


 返事を期待しなかった言葉に反応が返り 起こしたのかと思って思わず手をひっこめたが彼女は寝返りをうっただけで またすぅという寝息をすぐに立て始めた。
 驚かされた自分が少しだけ憎らしくなって 当てつけのつもりか乱菊の髪を少しだけすくい取るようにして 唇へと持ってゆき口付けた。

「ッ…!」

 途端に乱菊が苦しそうに呻いたので 驚いた時にするりと指先からその金色の髪が落ちた。

「乱菊?乱菊?」

 悪夢か何かで魘されているのだろうかと判断をつけて ほんの少しだけ焦りを感じながらゆさゆさと乱菊を揺さぶった。

「乱菊 目ェ覚まし 乱…」
「ぎ…んっ」

 名前を呼ばれ思わず彼女を揺さぶる手を止めたが 寝言だったのか彼女はぎゅっと目を瞑ったままだった。

「やだぁっ! 行か ないでッ!!」

 目覚めたのかと思うほどその声はあまりにもハッキリしすぎていた。
 ぎゅぅと強く強く自分の手を掴んでいる彼女の手がじんわりと汗をもってきたのすら解った。



 きり



 −きり?
 今の痛みは何だと叱責する自分が居た。

 −必要ないものだ
 −捨て去れ
 −今すぐ

 何十年ぶりだろうか と やけに冷静に考えた。


 心が痛みを覚えたなんて。



「おるよ」




 少しだけ手を掴む力が弱くなるのを感じた。





「今だけは おるよ ここに」

 すぅと息を吸い込んで 吐き出すついでに言葉を乗せた。

「居るから。」





 ずるりと乱菊の手が力を失い重力に逆らわずぱたんと落ちた。
 寝息はいつのまにか すぅすぅという規則正しい安らぎの満ちたものへと変わっていた。


「…ねんねこしゃっしゃりまーせ…」


 ぽそりと子守歌を口にして それから自嘲気味に笑った。




 君がやっと手に入れた安らぎの眠りさえもきっと 僕は壊すのだろう。











「まつもっ…。」
 扉を開いて飛び込んできた情景に思わず日番谷は言葉を飲み込んだ。
 乱菊に折り重なるようにして俯せている銀髪の男に眉をひそめた。

 −寝てるのか…?いや まさかなァ…
 考えれば考える程 市丸ギンという男が寝るというイメージを持っていなかった事に気付きながら 卯の花から渡された薬と処方方法の書かれた紙を扉のすぐ近くに置いてさっさと退散をした。






 おるよ 今だけは








 安らぎの 眠りを暫し貴方へ
 安らぎの 眠りを暫し貴方から。











 刃の牙の上に身を置いた狼は 束の間の懐かしき夢を見る。
 眠り姫の花の香りに包まれて。