じとりじとりとした雨が腹立たしく、つい爪を噛む。
こんな日はろくな考えが頭を巡らない。
普段、愛なんて口にしない。
言葉にして、おままごとみたいになんて、したくないから。
だから、あたしは、口にしないし、口にされたくない。
それは二人の間の約束事のようなもので、それよりももっと曖昧なようなものだ。
不満を感じる時は時折あろうとも、あたしはそれで満足だった。
一日に数百回名前を呼ばれ、何十回と愛を囁かれる重荷にくらべれば、少しぐらい素っ気無いほうが上手くいくものである。
と、いうのが、あたしの持論である。
愛など、囁かれるのは月に一回で十二分である。
二人共、そう思っている、と乱菊は確信している。
しかし、それにしても、だ。
(どこからあんな自信が湧いてくるのだろう…)
頬杖をつくために、机の書類を横へと押しやった。もう完全に仕事などそっちのけである。
記憶をめぐるは、細目のあのムカツク男の台詞達。
『浮気したら、乱菊死にそうやん?』
誰がお前の為などに死ぬというのだろうか。
万一そんなことがあったら、使い物にならなくしてやるだけである。
『たまには、好きって云うてみたら?』
まずはお前から云えというものである。
きっと、アイツはあたしが愛想を尽かすなどという発想をこれっぽっちも所持していないのだろう。
そう結論づけながら、お茶を啜った。ちょっぴり渋い。
あたしなんて、と思考を続ける。
あまりにも彼が、特定の人物を頻繁に構うものだから
(雛森にまで、妬いてるじゃないの。)
厭な女だ、としみじみ思った。
ほかの女と喋るだけで妬くような、安っぽい女ではないけれど、あまりにも、自分との会話数より、見かける他の女との会話のほうが多いと、流石に思うところもあるというものである。
それなのに、こちらが幾ら日番谷に、檜佐木に、恋次にと必要以上に話し掛けてみても、彼の反応などかわる筈が無く。
そんなことをしながら、知られたら嫌われてしまうだろうかと考えている自分が更にむかついた。
『あんたを、不幸にしたる』
中途半端な関係に、終止符を打った台詞である。
きっとあたしは間抜け面をしていただろう。
『おいで、好きって云うてみい?』
そういって、アイツは両手を広げて意地悪そうに笑った。
『不幸にしたげるから。』
奇怪なその台詞の意味を、一ヶ月近くかかって、ようやっとおぼろげにわかるようになった。
それにしても、変な言葉だと、未だに思う。
嘘でもなんでも、幸せにしてみると云ってみたらどうなのだろうか。
乙女心など到底理解する気がないような男。
そんな最低な男と、不幸になることを選ぶなんて、物好きにも程があるのだろうけれども。
口の中に、苦いお茶を流し込んで、茶飲みを机の上においた。
唐突に、背中に気配を感じたときには遅かった。
どんっ、という衝撃が同時に響く。
「ひゃああっ!!」
思わず間抜けな悲鳴を上げて、肩をすくめた。
振り向くとやっぱり細目の男がが居た。
「あは、びっくりした?」
腰から、彼の大きな手が離れる。なんだか莫迦にしたような台詞を吐いているが、耳に届かなかった。
胸倉を掴んで、引き寄せる。
サボっていたのだろう。エスプレッソコーヒーの味がした。
唇が離れると、どさりとギンはその場に座り込んだ。
間の抜けた顔に、思わず笑いがこみ上げる。どうやら、今日の勝利は自分らしい。
「あははは!」
笑いを堪えきれず、声に出して笑う。ぽかーんと彼が椅子に座る私を見上げた。
とても、幸せな時間。
じとり、じとりと、まだ雨は降り続く。
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