「「な 冬獅郎お前はっ?!」」
「は?」

 複数の声が見事に被ったその台詞でやっと 日番谷は本から顔をあげた。
 何故死神の学校に修学旅行などというものがあるのか 首をひねりたくなるが 出ないと卒業させないなどと脅されたので仕方なくここ…旅行先で振り当てられた部屋…に彼は居る。

「お前聞いてなかったのかよ!ちっくしょー 俺必死に言ったのによっ!」

 口を尖らせて言う男子の頬は紅潮していた。成る程 確かに必死の思いで言ったのだろう。

 …何かを。

 それを無視するかのように別の男子が口を挟んだ。

「な でよ 冬獅郎 お前の好きな奴って誰だよ?」
「…ああ その話か。」

 彼等の中で恋話が持ち上がるのも当然かもしれない。修学旅行のお決まりともいえるものなのだから…。
 が 日番谷の耳にそんな話が届くわけもなく。

 ということは 先の男子が必死で言ったのは惚れている女の名前だろう。阿呆だろうお前等 と 呆れた声で言ってからもう一度本に目線を落とそうとすると ぱっとすばやく男子の一人がその本を奪いとった。

「おい…」
 諦め半分の声で 返す事を促すように手を伸ばしたが 予想通りに更に本を高くあげられて届きそうもなかった。

「冬獅郎君 この部屋に当たった時からお前の運命は決まってるんだよぅ?」

 戯けたように声を作って言う男子に はぁと一つ溜息をつく。

「居ない って何度言ったら解るんだ?」
「それ無しって何度言ったら解るんだ?一番マシだと思ってる女子でもいいからよ!なっ!」

 半幅せがむようにして言われて これを言わなければ本を返してくれないということを感じ取り もう一度溜息をついた。適当に同級生の女子の顔を思い出す。

―…一番まともな奴 か…。

 普段良く隣になる女子の名前を口にした。
 能力は高いし 話も他の奴と違ってついてこれる。

「うっわー!流石モテモテ君…レベル高いなァオイ…」
「げーっ?!俺ライバルー?!」
「うわ 負けたも同然だな 御愁傷様…」

 そう口々に言う男子達から本を取り返し もういいだろうと言ってまた本を開く。また男子達は何か言い合っているが 直ぐに耳に入らなくなった。






 三日後

 修学旅行の最終日に 何度目かの告白された。

 あの時言っていた女子に。

「ごめん。」

 良く分からないが 気付いたらそう言っていた。




 走り行く彼女の背中を ただぼぅっと見ていた。…呆然とではなく ぼぅっと だ。何も感じるものもなく ただ ああ また喋れる奴が減ったな という事ぐらいだった。彼女が見えなくなった頃 後ろから物凄い大音量で多種の声がした。

「冬獅郎ー?!お お前 前アイツのこと好きって…!」
「勿体ねーっ!」
「お試しでもOKするだろう普通ー!」

 耳を塞ぐ事もなく ただぼうっとしていた。何故自分は確かにあんな事を言ったのだろうか。嫌いでは無かった筈だった。


 ともかく

 修学旅行は 其れで幕を閉じたのだった。







 今思えば 多分 俺は何処かで解っていたのだろう。
 自覚は遅い 遅いものだったけれども

 最後には必ず。

「雛森」
「ふぇ?」

 なぁに と 無防備に寄ってくる彼女を引っ張り 手前に寄せる。耳元に唇を寄せると 内緒話か何かだと思ったのだろう。顔をふわりと近づけてくる。優しいシャンプーの香り。

 そうしてそのまま 頬に口付けをする。彼女は一瞬間硬直した後 物凄い勢いで後ろまで後ずさりをして 頬に手をあてながら金魚のようにぱくぱくと口を開閉する。

「ひっ…ひつが…っ?!」

「何びびってんだよ?」

 こっち 来いよ。そう含み笑いをしながら言うと おずおずと戻ってくる。

「ひ 日番谷君が秘密にしたいって言ったくせにっ…!」

 小声で抗議してくる雛森に しれっと返事を返す。

「お前が過剰反応しなけりゃ普通はバレねぇよ。」
「そ そうかもしんないけどっ…」

 むぅとむくれる彼女の耳に 今度はちゃんと『内緒話』をする。


なぁ お前からはやってくれないのかよ?


 かぁっと頬を赤らめてから 左右確認をしてそっと唇を寄せてくる。その姿があまりにも愛おしくて 抱きしめた。

「ひ 日番谷君っ!」

 これだったらどうやってもバレるでしょう と文句を言う雛森の顔を胸に埋めさせる。

「虫除け。」

 ふぇ?と返ってくる反応まで予想通りで 腕にもう少し力を入れると 苦しい と背中を叩かれた。



 多分俺は解っていたのだろう。



 最後には必ず



 俺は コイツに惚れるのだと。