全く これっぽっちも何をどうしようという気持ちは無かったのだ。
悪戯心とか そんなのでもなく。
ただ 普通に ぽろりと口から出てきたのだ。
五番隊副官室の襖を当然の如く開く日番谷に 雛森は笑顔を見せる。
「あれ いらっしゃい。」
「おう。」
ぽいと 茶菓子を投げてよこしてくる。
これは仕事話ではないという印。
雑談をしに来るときは いつも律儀に何かを持ってくる。
「うわぁ ここの苺大福食べたかったの!ありがとーっ!」
そして 外れる事なく雛森が今一番食べたいものである。
自分は甘いものの匂いだけで吐き気がする程嫌いなのに。そう考えながらもそれを頬張る。うん 噂に違わず美味しい。そんな事を考えていれば 自然に顔がほころぶ。
「ホンットに幸せそうに食べるな…。」
「幸せだよっ!日番谷君 こんな美味しいの食べれないなんて勿体ない…!食べる?」
そう言って自分の食べかけの苺大福を指さす。
「いや 勘弁してくれ。」
そう言って制してから どさりと畳の上に座る。
「お茶要る?」
そしていつものように雛森が立ち上がりながら聞く。
茶菓子の報酬はいつも 日番谷が一番好きな彼女の煎れたお茶。
「ああ 頼む桃。」
ぼとり。
唐突に雛森は 菓子袋を落とした。
「あ?」
どうしたのかと 雛森の顔を見上げる。
「い…今…なん…て…」
「?‘ああ 頼む’」
「そ…っ そ の後…っ。」
ああ その事かと解ったものの 何故其処まで驚くのかが解らなかった。
「桃?」
一拍あけて かぁっと雛森の顔が赤くなってゆく。
新鮮な反応に なんとなく嬉しくなる。
「何んだ?そんなに呼んで欲しかったのか?」
ニィッと口の端をつりあげ 目を細めて言うと 耳まで紅くなってゆく。
「ち 違うもん意地悪!日番谷君が急にそんな呼び方するから びっくりしちゃったの!」
「へぇ そうなんだ 桃?」
余裕綽々な日番谷に 雛森は頬を膨らませる。
「ひ…久しぶりだったんだもん…。」
小声で呟くそれをきちんと日番谷の耳は拾った。
妙にくすぐったくて ククッと喉を鳴らす。
面白い悪戯を見付けたと
その後数日間日番谷は ご機嫌気味だったらしい。
後日
日番谷が妙に楽しそうに茶菓子を持って五番隊副官室に行く姿と
彼が出ていった後 雛森が顔を真っ赤にして暫く硬直している姿の目撃証言が多発したとか。
+戻+