全部 お前が悪いんだからな。






「…おい。」
 此処はお前の部屋かと言いたくなる程 堂々と十番隊隊長室の机の上で爆睡している五番隊副官に声をかける。
 が 予想していた通り起きるわけも無かった。
 大量の書類が散乱している机の 少ない何もおいていない部分で器用に顔を横にして寝ている。
 流石に書類を横に退ける事は気が引けたのだろうが…それ以前に寝るなよ と小さく溜息をついた。

「雛森?」
 追加の書類を 山の上に乗せながらその名前を呼んでみても やはり返事は無かった。
 こんな状況じゃぁ 仕事は出来ねェな などと思ってもいない事を考えてみる。

 まぁ 偶にはサボりもありかも知れない。

 そんな事を思いながら 椅子の無い方向の机に 両腕を組み顎を乗せる。こうすると 机を挟んで雛森と向かいになり 突っ伏して寝ている彼女の顔がやけに近くなるのだ。
 寝息が聞こえるこの距離がやけにくすぐったくて 緩む頬を引き締める事は諦めた。

 睫 長いな。

 普段特に気に留めないのは 逆さ睫だからだろうか。普段から目立つよりも 近づいた時にだけ気付くと 余計どきりとする。
 そっと黒髪に触れると 優しい香りがする。柔らかく 窓から差し込む日に当たっているせいか温かかった。

 焦がれる

 ちり ちり ちりと

 この胸が 焼けてゆく。

「…ひな…もり…。」
 微かな声で もう一度呼んでみる。ぴくぴくと睫が反応したものの 直ぐにまた安らかな寝息が聞こえてきた。

 焦がれる

 もう 耐えられない。

 衝動が身体を支配する。彼女の顔を上からのぞき込むようにすると 自分の前髪が垂れ下がり彼女の頬に触れた。
 視界が狭まってゆくのを感じながら 徐々にその距離を縮めてゆく。

 ちり ちり ちり

 自らの胸が焦げる音を無視して また一センチ距離を縮める。とくん と 最後に心臓が胸打った所で距離がゼロになった。
 柔らかい頬に唇が当たる。
 心臓の音が濁音を伴ったのが解った。どくん どくん どくん どくんと 五月蠅く耳元で鳴くのだ。

「ッ!」

 唐突に意識が戻り 自分のした事に驚いて勢い良く後ろに飛び跳ねる と 机の上だけでは足りなく 床に積み上げられた書類の山に躓き 勢い良く尻餅をつく。

 …情けねぇ。

 全く持って 隊長格がする所業とは思えないと自分を叱責してみるが ぐるぐると感情が渦巻いて 混乱を招いて 自分が何をしたいのかも解らなくなっていった。
 これだけの大きな音をたてていながら 未だ眠りこける雛森を確認してから 書類の上に大の字に寝転がった。

 −一体俺は何をしているんだ

 未だ治まらない衝動に これ以上何を俺にしろというのだと問い掛ける。さも当然のように返ってくる答えに 従うように動く体が恨めしい。

 求めてる

 弱虫で

 面と向かって する事も出来ないから

 雛森の隣に立ち 羽織を脱ぎ彼女に被せる。次いで そっと 本当にそっと

 唇を もう一度触れさせる。


 今度は 頬ではない所に。


 ズキンと痛む胸が示す意味も解らないうちに 唇を離した。残る感触を 指でなぞる。





 全部 お前が悪いんだ。




 人の部屋に勝手に入って




 俺の部屋でそんな




 無防備に寝るから。








 お前が悪いんだ。






俺を惚れさせた お前が悪い。







お前が 悪いんだ。