「雛森副隊長様 宜しいでしょうか?」
その襖越しの呼びかけに 筆を止めて返事を返した。
襖の方に振り返る勇気はなく 背をむけたまま。
静かな 落ち着いた声で 裏廷隊員が言う。
「…今月は三名です。」
「…多い ですね。」
大虚の出現も無かったというのに。
自分の無力さをに打ちひしがれながら 筆を置く。
「解りました。直ぐに…行きます。下がってください。」
「…は。」
裏廷隊員の短く返事を残して 襖は閉じられる。
裏廷隊員の気配が消えた事を確認してから 静かに立ち上がり 襖を開けた。
嗚呼。
冷たい風が 私を責め立てる。
「殉職−…五番隊……」
呼ばれる彼等の名前に 居たたまれない気持ちになったけれども 顔を歪める事も出来なかった。
ギィィ と 重たい音をたてて棺の扉が閉まられてゆく。
白い花に囲まれて 血を洗い流され白くなった彼等の瞑った瞳の向こうから 睨まれているようで。
自責の念に 押しつぶされそうで。
バタ…ン
扉は 閉ざされる。
彼等は二度と こちら側には帰ってこない事を知らしめるかのように。
その一連を ただ 涙もせず 瞬きもせず 見つめる。
隣に立つ藍染が 悲しい微笑みを浮かべながら静かに言う。
「強いね」
雛森君は。
その台詞に 雛森は驚いたように顔を上げ 藍染を見上げる。
そして 藍染がしたのと同じように 悲しい微笑みを返す。
頷く事も 首を振ることもせずに。
そして静かに 啜り泣きをし続ける彼等の一人の同僚の隊員の元へ行き 慰めをかける。
肩に手を置いて 一言二言言葉を投げかける雛森の背中を 藍染は辛そうに…そして やはり 静かに見つめる。
「今日は五番隊の埋葬日だったか。」
思い出したように 筆を止めて日番谷は言った。
「知ってたのっ?!」
正座をして日番谷の背中を見つめていた雛森は 驚いたように言う。と さらりと返しが返ってくる。
「テンション見たら大体わかる。」
「えー…そんなに 解るかな?」
「無理してテンション上げようとしてるあたり。」
良い当てがあまりにも見事なので ぷっと雛森は吹き出す。
それすらも 微妙な無理が入っている事は彼女自身は自覚していないのだろう。
「泣いたのか?」
その質問に 唐突に雛森の声のトーンが下がった。
「…泣いてないよ。」
左手で 自分の服をぎゅうっと掴む。
けれども それでも落ち着かなくて それでも胸の痛みが治まらなくて。
右手で 雛森は日番谷の羽織の背中を握りしめる。
十の字が歪む。
驚いた様子で日番谷は振り向き 雛森はその視線から逃れるように顔を伏せた。
あの人たちの前で
「泣け…っ… なか …った…!」
許しを請いたかった
「泣き…た …かっ た の…にっ!」
守れなくて ごめんなさい と 。
「………。」
彼女の唇から零れる言葉自体は少ないけれども 日番谷は それに乗せられた気持ちをそれなりに理解しているつもりだ。
それは 同じ事を 考えた事があるから 出来る事で
「あたしはっ!」
泣きそうな顔で
泣きたそうな顔で
雛森は声を荒げる。
けれどもその顔に涙は無く。
「強くなんて無いっ!」
べち。
半濁音ではなく濁音の音を伴った 非常に可愛らしくない痛みが唐突に額に現れた。
「〜……っっ!」
驚いて顔を見上げると 日番谷が不満げな表情で掌を変な格好に向けている。
それは デコピンが発射された後の指の形。
走った痛みは 異常に強力なデコピンの仕業だったのだ。
「何今更んな事言ってんだ?」
雛森はひりひりとする額を右手でさすりながらきょとんとした顔をする。
「泣き虫桃が 強いわけないだろ?」
求めていた台詞
不思議だと よく 思う。
彼は 自分でも解らないような 『求めているモノ』を 的確に与えてくれる。
だから 心地良くて
だから 離れたくない。
「泣きたかったら泣け。」
泣くことも 笑うことも 彼等への侮辱にはならないから。
安心して
泣け。
「う…ぁっ…」
ぼろりと大粒の涙と共に漏れた嗚咽は 徐々に大きさを増していって。
子供のように泣きじゃくる雛森の頭を 優しい目をしながら日番谷は撫でる。
もっと もっと 泣き叫べるように
そして
最後には必ず 笑えるように。
貴方が居るから 笑える
貴方が居るから 泣ける。
私は弱くて
貴方が居ないと 何も出来なくて。
ねぇ
ダ イ ス キ 。
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