ぽつりと頬に雫が落ちる。雲行きが怪しい。
細かい雨かと思えば、バラバラと音をたてはじめる。これは、どんどん酷くなるタイプだ。
その時、俺は思ったんだ。
空ですら泣くのだから
泣き虫桃が、泣かない筈が無いんだ。
背中にひっついた彼女の髪がくすぐったい。
目の前の簡易な十字架は、一見して墓とすらも思えない。
十字架に結ばれた亜麻色のリボンがはためいている。この墓の主の遺品だ。
彼女は、明るいという言葉が見事に合う少女だった。
いつも桃と一緒に居た。病に伏せてからも、本当に元気できゃあきゃあと二人ではしゃいでいた。
皆いつか治るということを信じて疑わず、死ぬなんて思ってもいなかった。
医者が言うには、かなり末期の状態だったらしい。本当ならば、喋る事ですらしんどかったであろうと。
気丈なところは桃そっくりだと思った。
俺は軽く下唇を噛む。
これほど自分を無力だと思う事はなかなかないであろう。
死という絶対的存在に、俺達は目を伏せ涙するしかないのだ。
「……帰ろう。」
それが、俺に言える言葉の限界だった。
ぐいと彼女は俺の背中に鼻を押し付けた。太陽の香りがする。
「この雨、強くなるぞ。」
雨の香りもまた強くなりはじめている。風邪をひかせるわけにもいかない。
腰に巻きついた彼女の腕に手をかける。
どくん、どくん。
「…聞こえるだろ?」
どくん、どくん。
もぞり、と彼女が体を動かした。
振り向けないから確認も出来ないが、多分顔を上げたのだろう。
ぐいと腰を更に抱え込まれる。すぽりと彼女の体に覆い被されてしまう自分の身長の無さが哀しい。
「…聞こえる…。」
ほう、と聞き取れるような夢見がちの声で、彼女は呟いた。
随分堪えていたらしいことを感じ取る。
直ぐに気付いてやれなかった自分が憎かった。彼女は大丈夫だと思った自分が憎かった。
「…俺もお前も、ここに居るから。」
死せる者が生きるこの世界で、ここに在るということを証明することはとてもとても困難で。
不安に押しつぶされないように生きるのは、もっと、ずっとずっと困難で。
云える言葉は、気休め以外の何物でもなく。
それでも声に出して伝えるのはきっと、ただ、在る事を信じて欲しくて、信じたくて。
そんな、シンプルなことなんだろう。
雨よもっともっと降り注いで
全てを洗い流しておくれ。
全てを隠しておくれ。
君の唄で
何も聞こえなくしておくれ。
耳にこびりつくのは、君の悲しい嗚咽だけ。
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