信じるものか。

 そう、妙な確固たる反発感を携えてイライラと一角は廊下を歩いた。ぎしぎしと床が鳴るが、勿論お構いなしだ。
 中途半端に脆いなら、壊れてしまえというのが彼等の考え方なのだから仕方無いだろうが、それを修理する立場の四番隊員は心配そうに床を見つめている。ご乱心には慣れっこなのだろう。それをさらに別隊の者が同情の目で見つめている。
 そんな視線に気付く事もなく、一角はチッと舌打ちをした。

(ありえねえ。)

 俺が?在り得ない。在り得る筈がない。
 考えれば考える程ストレスが募っていくことを感じ、唐突に壁をどんっと叩いた。
 中から迷惑そうな声が響いてきたが、そんな声は今の彼には届かない。今の彼の脳内にあるのは、同僚の言葉と、別隊の副隊長の顔だけである。
 話の発端といえば、人に話す事を憚られるような、あまりに子供臭い事である。

「ま、斑目三席ッ!」

 勇気ある平隊員の悲鳴のような声に、一角は眉間の皺を三倍に増やして振り返った。

「あぁ?!何っ……。」

 くだらない用事だったら殺すぞ、と云わんばかりのドスの聞いた声は、中途半端に途切れた。
 目の飛び込んできたのは、その苛々を募らせていた原因の別隊の副隊長と、その影に情けなくも隠れる自隊の平隊員である。


『君は彼女が病原体だって云うんだろう?』



 普段ならば、その情けの無い醜態をさらしている隊員に怒声のヒトツでもくれてやるところなのだろうが、彼にそんな余裕は無かった。
 金魚のように口を開閉しながら呆然と立ち尽くす一角に、つい先ほど無理やり引っ張って来られたネムは少しばかり首を傾げた。
 手の中の書類を早く届けなければ、また叱られてしまうのに、という顔である。

「あの…斑目三席…?」

 相変わらず、どことなく眠そうな目のままで彼女は口を開いた。
 びくん、と一角の体がオーバーに跳ねる。自他共に認める酒豪の彼の頬が赤く染まる時など、何十年に一度というお宝ものである。
 状況を理解していない野次馬達ですら、それを見て殆どを理解した。

「な、何…ッ…す、か。」

 無意味に戦闘態勢に入る一角に、ネムは不満そうな視線を投げかけた。
 それも仕方無いだろう。何ですか、は彼女の台詞である。

「…あの。」

 ばっ、と一角は勢い良く自分の顔の前に手を掲げた。
 顔を隠すため、というよりは、眩しいものから自分の目を守る為のような、そんな動きである。
 目を後ろに逸らした一角を見て、野次馬の中からざわつきが生まれる。
 戦いの礼儀には重きを置き、目を逸らしたときには士道不覚悟とでも云わんばかりに怒声を放つあの斑目三席が、自ら目を逸らした。ありえない状況である。

 それも、相手が十一番隊と見事に反りの合わない十二番隊の副隊長である。
 一体何事かと、さり気無く、それでいて確実に人が増えていくが、一人はそんなことにはお構いなく、もう一人はそんなことに気付ける余裕などなかった。

「…御用があると聞いてきたのですか。」

 一角はぎょっとした顔をした後に、ネムの後ろの方で成り行きを見守っていた自隊の平隊員を思いっきり睨んだ。
 彼女をここに連れてくるための口実であることは明白である。男達はひぃと小さく情けの無い悲鳴をあげて、ひょいと壁の裏に隠れた。
 隠れたのは隠れたが、まだ其処にとどまりつづけているのは成り行きを見たい野次馬根性に他ならない。
 ちっ、と舌打ちをする一角をじぃと見つめてから、ネムは何かを諦めたように視線を外した。

「何も無いようでしたら失礼します。」

 どことなく彼女らしくない、ツンとした言葉に、一角は何故か焦燥感を覚えた。
 引き止めなければいけない。そんな義務感である。
 一体何がそうさせたのか、本人は皆目検討もつかなかったが、きっと人はそれを運命と呼ぶのだろう。


『教えてあげようか、一角。』


 踵を返し帰ろうとする彼女の背中を見ながら、頭に血が昇る感覚にくらくらとしながらも、一角は大きく息を吸い込んだ。
 叫ぶ言葉など、叫んでから決めればいい。


「お茶でもしていきませんかッ!!」


 本能が告げた台詞にしては、なんとまあ淡白で稚拙な軟派の台詞だろうか。
 一部の怖いもの知らずの隊員が、くっと笑いを漏らした。
 勢い良く下げられた一角の頭を見つめながら、ネムはいつものように業務的に口を開いた。

「…書類提出がありますので。」

 間接的で、それでいて直接的なお断りの台詞に、一角は顔を上げられないまま硬直した。
 恥ずかしいなどという感情ではなく、自分は一体何をしているんだという混乱の方が大きいのだろうか、ぎゅっと目をつぶっていた。

「…ですから。」

 しかし、彼女はとても自然に言葉を続けた。

「…そちらの隊舎に伺えば宜しいのでしょうか。」


 ばっ、と勢い良く一角は頭を上げた。間抜け面とは、こういうものを云うのだろうと誰もが思った。

「…え、あ、はいっ!」

 少しばかり一角の声が裏返ったが、彼女はお構いなしのマイペースな顔で、ぺこりと頭を下げた。

「それでは、失礼します。」

 黒髪がさらりと揺れる。
 一瞬それに見とれた後、一角は慌てて頭を下げた。

「い、え」

 ぱたぱたと去ってゆくネムの足音を聞きながら、一角は上がりっぱなしだった血が急に重力に逆らわずに落ちる感覚を味わった。
 その場に座り込みたくなる気持ちを押さえつけて、今更取り戻したプライドで立っている。





『その病の名前はね。』














 よく効くお薬、出しておきましょう。

















::後書き::

アホっぽいのを書きたかった!(笑)
ちなみに『』の台詞は弓親さん(笑)
第三視点難しかったです…。