地獄蝶が飛んできて 簡潔に言葉を伝えていった。
【来い。】
 こんな言葉を 送り手の名も告げずに送ってくるのはただ一人だ と思いながら 早足に十の数が刻まれた襖を開ける。
 全く 王子様は我が侭で唐突だ。

「日番谷君 どーし…。」

 たの という言葉を雛森は思わず飲み込んだ。理由は簡単で 聞く必要が無くなったのだ。

「…よォ。」
 諦めたような疲れた声で 一言だけ日番谷は言った。
「なんだよ お前等ッ?!梅に手出しすんじゃねェっつってんだろっ!」
「莫迦か お前。誰がそんな餓鬼に。」

 日番谷君が2人居る。
 まさか と唖然としながらそれを雛森は見つめた。

「し…シロちゃ…ん…?」
 勿論違う事は分かっている。シロちゃん…もとい日番谷は目の前に居るのだから。
 同じ顔が 眉間の皺を寄せ合い にらみ合う姿は一見の価値ありだ。…一見が出来る者に限られるが。

「ええっと…梅 って…?」
 会話に出てきた名前を雛森は戸惑いながら反復した。
「そこの銀髪の餓鬼。」
 くい と日番谷が顎で指し示した方を素直に辿った。

 ぱちっ と梅と目が合う。
 其処は確かに幼少時代 鏡の前に立っては映っていた顔があった。

「あ あたし?」
「やっぱ そうだよな。」
「わー…でもすごい キレーな日番谷君と一緒の銀髪…!」

 ほえー と感嘆の声を出す。

「別に俺の髪は綺麗でもなんでもないだろ。」
 表現の語弊に日番谷は眉を顰めたが 雛森はへらりと笑って首を振った。

「ううん 綺麗だよ。ね 梅ちゃん。」
 梅は嬉しそうに微笑む。女というのはいつも 自分が気を使っている部分を褒められると嬉しくて仕方無いのだ。
「お お姉さん…クロちゃんと同じ髪の色してるんですね。」

 おずおずと開いた口から零れる声も 勿論そっくりだ。

「うん そうだね。あたし 雛森桃っていうの よろしくね梅ちゃん。クロちゃん…で いいかな?」
 クロの方を向いてそう言うと あからさまに不安げな顔をしつつもクロは頷く。それ以外の名前があるのかどうかは解らないが。

 ほっとしたのか 梅から人なつっこそうな笑みがこぼれた。

「よろしくお願いします 桃おねえちゃん。」



 もともと礼儀正しく人なつっこい人物が2人いるのだ。早速向こうは平和条約が結ばれたらしい。
 早速楽しそうにお喋りを交わしている。

 しかし こちらはそうともいかないな と日番谷は内心溜息をついた。
 礼儀正しくなく年上も年下も それどころが大半の人間が嫌いという人物が2人居るのだから。



「何でこんなことに…。」
 ブツブツと不満げにクロは2人のやりとりを見つめる。
「そんなに不満ならさっさと出ていけ。仕事の邪魔だ。」
 日番谷もまた 前の2人のやりとりを見ながらなので 2人とも顔を合わせず喋る。異様な光景だ。

「ああ 帰れるなら今すぐ。こんなとこ一秒たりとも居たくねぇ。…帰れるなら な。」

 と その台詞に初めて日番谷はクロに目を向けた。


 多少蒼い顔で。



「…お前等 帰り分かんねェのか?」



「そうじゃなかったら とっくの昔に出てるに決まってンだろ。」
 ばっかじゃねぇの?
 そう言わんばかりに睨んでくる目を生意気と思うことすら出来ぬ程 死刑宣告に近い台詞は日番谷の頭痛を激しくする。
 米神を人差し指と中指で押さえつける。ずきんずきんと 嫌な痛みが頭に響く。ふざけるなと言いたいが ふざけているならばどんなに楽だろう。

 深い深い溜息を一つつく。

 幸せが また一つ逃げる。



 騒動は必至か。



 また 非日常な日常が始まるのだ。
 おそらくは 彼等が帰れるようになるまで。

 頭痛の種というのは 面白い程尽きないものだと この世の摂理をしみじみと感じざる得なかった。
 そう…痛い程 しみじみと。
















 『多分きっと相違点』