「あれ?」
 貸し出し禁止の本の棚を探して 雛森は首を傾げた。
 おかしいな 確かに此処にあったはずなのに。



 恋の 文集。



 手作りで作られたその本は 過去の卒業生の作品だと聞いた。
 一人で書いたのか 集まって書いたのかすら解らない…創立記念150年を今年で迎えるこの学院の14不思議の一つだ。
 …数が多いのは気にしてはならない。

 ともかく 少し前にその「恋の 文集。」という題名の本を手にとってから 毎日放課後は 1時間という短い時間の図書室解放時間はずっと籠もっていた。
 じんわりとした恋の味は まだ雛森の知らないものだった。
 それ故に その本の中に描かれる恋に対する憧れがあったのかもしれない。

 あああ と 雛森は頬を膨らませた。

 勝手に持ち出してしまうなんて 酷い人も居るものだ。

 少し残念な気分になって図書室の裏口から出ると(いつも人は殆どいないのだけれども食堂への近道なのだ)屋上へと繋がる階段にかけられた看板がぶらりぶらりと激しく揺れていた。

 誰か 上った?

 成績優秀 授業態度も真面目で先生の信頼を勝ち得ている雛森が 校則を破ったのはその時が初めてだった気がする。
 後にも先にも 雛森は「屋上に上る」という事以外の悪いコトはしなかった。
 ただ 屋上に上がるコトはこの後ほぼ毎日の事にはなるのだけれども。


 ぱらりぱらりと 日の下に放置された本のページを風が捲っていた。

 隣で 腕を後ろで組んで枕代わりにして 寝転がって足を組んだ男子生徒の姿がぱっと目に入った。
 本は日光に晒されているのに ちゃっかりと彼は日陰に入っている。
 靴を扉側に向けていた上に 段が上がった場所に寝ころんでいたせいだろうか。雛森はそれが誰かなどは全然判断も付かず…というか 同じクラスの者だとは想いもしなかった。

 その男子生徒は身じろぎしたかと思うと 怠そうに上半身を起こした。

 がしがしと 欠伸を噛み殺した顔をしながら頭を掻いた。


 第一ボタンを外して 学ランは布団代わりに被せてあったので足下でぐしゃぐしゃになっている。
 そして やはり特徴と云えばそれだろう。


 銀色。


「ひ つ がや…くん…?」
「あれ。風紀委員長さん こんなトコに居ていいのかよ?」

 見つかった事を驚くわけでもなく 彼はそう口にした。


 ぱらりぱらりと捲られ続けた「恋の 文集。」は 一番最初の序章のページまで開かれた。
 そこの文をじっくりと読むかのように 風は途端勢いを失った。







 高校三年生の 真夏のように暑い 5月の事。







 ぱたん と 本は自らページを閉じた。












::後書::

ノリで日記投稿フォームに一発書きした作品。
確か何処かのお題で「貸し出し禁止」という文字を見たから…(汗)
個人的にはお気に入りの作品。