くいっと黒色がかったゴーグル状のメガネを降ろしてから、同じく真っ黒いニットの帽子をぼふりと被った。
 帽子の中に目立つ銀髪を全て仕舞うようにして、ちらりと鏡でチェックをした。
 黒のハイネックの首元を ぐいと引き上げる。
 こんな時に、嫌がおうでも『黒の使者』の名を自覚させられずには居られない。

 何をするときも全身黒。

 本来は闇に乗じる為に発足したのだが、今日では挑発や脅しの意味までも兼ねて、昼間の行動でも黒でそろえるようになっている。

 黒い、指先の開いたグローブを、ぐいと手に嵌めた。

 出入り口までの距離がやけに長く感じた。
 ふと、其処に立っている『蒼』と目が合った。

「…蒼」
「…はい?」

「今月の『係』は…お前だったな。」
「はい。」

 再殺失敗の後にあるのは、ただ死のみだった。
 その後始末をする係は、月毎に代わる。
 胸糞の悪い係なだけに、大半の者は自分が係の時に再殺失敗者が出ない事を祈っている。

「…悪いな。」

 少し間を置いて、『蒼』のどちらかと言えば細い目が見開かれた。
 少し引きつった頬に描かれた69の文字が歪んだ。
 冗談でしょう?そう唇が動いた。
 静かに、首を振って応える。

 訪れる沈黙に背を向けて外へと出る。

「『黒』さんっ!!」

 叫ぶ『蒼』の声と、止める『赤』の声が響く。
 それを無視して無線を耳に当てた。

 無線越しに聞こえる声。

【−…赤】
【…止めないで、やってください】

 電源を入れっぱなしの『赤』に、阿呆かアイツは、と思わず呟いた。

【暗殺成功率が最も高い『黒』色を名乗るアイツが】

 優しい声だった。

【『ロボット』が】

 幼い頃から傍に居た、『赤』の声。
 一度任務失敗をして暗殺側の任務から外された『赤』は『蒼』に敬語を使う。
 その敬語から伺い知れる、優しさ。

【今、動き始めたんスから。】

 束の間の沈黙の後に、車を走らせはじめた。
 イヤホンの向こうもまた、静寂を保っている。

 失敗に、三度目はない。
 それが、黒の使者の掟。

 一度目、失敗した場合、選択を迫られる。

 仕置きを受けて、生きるか。
 再殺に向かうか。
 仕置きの度合いは失敗の度合いによるが、再殺を失敗した場合は、害をなすとして処刑される。
 そういう世界だった。

 幾程車を走らせていただろうか。
 何時しか見た景色の場所へと、既に着いていた。

 警報機の場所を確認する。
 何十人と警備が増えているものの、以前言われていた場所と変わっている様子はなかった。

 目を瞑ると、誰が何処に居るのかが解る。
 殆どこの能力で今まで切り抜けてきたと言っても過言ではなかった。
 蛇のようなものだろうか。体温のあるものを感じ取る。

 死角を見付けるコトは簡単だった。
 素早く飛び、塀に足をかける。

 窓際までは距離が無い。それは前から解っているコトだった。
 窓枠に捕まり、体を揺らして反動をつけ、また窓枠へと飛ぶ。それをくり返すと、直ぐに目的の窓まで辿り着くことができた。

 そこまで来ると、お飾り程度の、サイレンサーも付いていない拳銃を取り出した。
 掌におさまる程度の、小さいタイプだ。

 指先に特別なナイフを付けて円を描く。簡単にガラスは取れ、窓を開けると素早く拳銃を構え中へと滑り込む。
 くらり、と目眩がした。



 俺は、ここで

 今、目を見開いて俺を見ている

 コイツの為に、命を捨てるのだろう。




 満足、だった。











+『I'm happy now.』+





::後書::

蒼はもちろんあの人で。
サブキャラ多い…ですね…(苦笑)
最終章って感じです!多分!(汗)

あなたは私を殺すでしょう。