何で。
そう、はっきりと彼女の唇が動いた。
何も言わずにじっと見つめ返せば、徐々に強張っていた顔が解れ始めた。
ぽろり
ぽろぽろと、なかなか勢い良く涙が彼女の頬を滑り落ちた。
思わず苦く笑う。
神は卑劣だ。狡い。酷い。
今更になって出会わせ、そして引き裂く。
運命という言葉は嫌いだった。
自分の手で切り開かなければ、何事にも意味は生じない。
だけれども、この出会いを運命と呼ぶならば、それもそれで良いかもしれないと思う。
微かに微笑んだかと思うと、彼女の唇がハッキリと動いた。
コ ロ シ テ ク ダ サ イ 。
唐突のそのセリフに動じられる程柔な心臓に育ててもらってはいなかった。
それでも微かに自分に対して吐き気がする。
殺せるワケがない。
何も言えずに彼女を見つめていると、少し落ち着いた顔をしてから口を開いた。
「…目、見せて下さいませんか?」
それもまた唐突な言い草だった。
けれども、何故かそれに違和感を感じない。
「大丈夫です。この部屋にカメラはありません。」
返答に困り躊躇っていたのを、彼女はそれを別の意に汲んだらしい。
「…この国では、王家の裸を見ることは殺人と同値の罪ですから。」
淡々と喋る彼女を見ていると、心臓のあたりが、ズキンズキンと妙に痛む。
その痛みが何処から来ているのか、解らなかった。
「何なら、ここで私が裸になれば…例え誰かがカメラを仕掛けていようとも、公には出来ません。」
そこまで云うと、彼女はそっと自分の服を脱ごうとしたが、それより早くゴーグルを外した。
ぴたりとその指先が止まる。
「…別に、顔が割れるのを恐れたわけじゃない。」
少し声が上擦った。
先程から自分が可笑しい事を自覚していた。
心臓はやけに早いし、痛むし、苦しいし。かといって体調の変化がどうこうというワケでもない。
今までずっと心臓の音は同じリズムを刻んでいた筈なのに、何で。
再び彼女が泣き始めた。
微かに漏れる嗚咽を聞きながら、徐々に自分の頭が冷めてゆくのを感じた。
ゾクリ、と嫌な感じがした。
「黒」とトップである所以。
それは、「黒」が表すモノがブラックホール…全てを飲み込むモノという意味だからだ。
感情も、何もかも飲み込みコントロールをする人間。
だから殺人を好き好んでやるようなヤツは黒に成り得ないし、無論殺しなど出来ないと云うやつも成り得ない。
自分をコントロール出来なくなった時点で、黒は黒では無くなる。
『赤』のセリフが頭の中でくり返された。
『ロボット』が、今、動き出したんスから−…
冷静に考えろ。
ロボットが動きだしたらどうなる?
製作者の手によって、廃棄処分になるだけだ。
嗤いながら生を奪う黒い爪が甦る。
今までに感じた事のない恐怖に苛まれる。
これが感情か。これが感情が操作出来ないということか。
ショートしそうな感情の波に押し流されそうになる。
その瞬間
気付けば、彼女の唇が触れていた。
+『You are important for me.』+
+戻+
::後書::
ロボット君、いきなり心臓故障です。
黒い爪というのは涅サンのイメージです…。
動き始めたロボット