例え癒えぬ傷であっても






「ッてェっ!」
「ふぁっ?!」

 唐突な日番谷の悲鳴に びくんと雛森は肩を跳ねさせた。先程彼女が触れた背中の一部を押さえながら 日番谷はしまった といわんばかりに表情を歪め自らの口を覆い隠すように押さえた。

「ひ 日番谷君…?」
「…あ 悪ィ…気にすんな」

 慌てて日番谷は背中から手を離して平然を取り繕った…が 勿論既に遅かった。
 少しトーンが下がった声で名前を呼ばれたが これまで傷を隠した事がバレた時の経験で怒鳴られるなと確信し日番谷はそっぽを向いた。
 けれども予想に反して続いた声は静かなもので。

「…日番谷君」
「あ?」

 寧ろそちらの方が彼には恐ろしく そろりと視線を雛森に戻してから ぎくりと目を見開いた。雛森は下唇を噛み締めてほんの少し俯き加減に肩を震わせている。

 …泣く?

 思わず其れを心配してしまう。

 雛森はいつも妙な所で泣くのだ。泣かなくていい所で泣いて 泣くべき所で泣かない傾向が強い。

「怪我したら…ッ…言って って いつも…!」
「あのな雛森 そんなの一々報告なんて出来るわけないだろ 普通。大した怪我でもないんだぜ?」

 日番谷の呆れた口調に 涙を命一杯溜め込みながら雛森は彼を睨みつけた。

「そうじゃないと日番谷君 四番隊にも行ってくれないじゃないの!」

 雛森の荒い口調に 日番谷の口調も多少強くなった。

「あたり前だろ!痛くも無いのに」

 四番隊なんて行くかよ。そう続く筈だった台詞は 声にならない悲鳴と変わった。…雛森が 思いっきり日番谷の傷口を殴ったからだ。それも


 グーで。


「ッ……!」

 その痛みは 一瞬涙が出てくるのではないかと心配になる程びりびりと傷口を中心に広がった。
 背中の傷口を押さえながら日番谷は雛森を睨みつけた。

「ひ…雛森…てめェっ…」



「何が 『痛くも無いのに』 よ!」

 日番谷は 何でテメェはいつもは拍手を送りたくなる程鈍感なのに こういう時だけ目聡いんだと声に出しそうになったのを飲み込んで 胸中に留めた。
 話をややこしくするのはよそう。

「…このくらいの傷 ほっときゃ治るだろ。」
 目線を反らしながら日番谷は 癒えない傷なんて腐る程あるのだからと半幅毒を吐き出すかのように呟いた。

「…だからだよ」
 静かに 非常に自然に返ってきた言葉に日番谷は視線を雛森に戻して意外そうな顔をした。まさか返答が返ってくるとは思わない呟きだったのに と。

「だから癒える傷ぐらいは癒して欲しいの…っ!」

 俯いたまま吸い込んだ息を 雛森は一度ぐっと胸の中に留めてから 吐き出した。

「莫迦日番谷君っ…!」
 と いう言葉を乗せて。
 
 かりかりと首筋を引っ掻きながら 莫迦以外の罵声を彼女から聞いた覚えが無いなと呑気な事を日番谷は考えた。
 例え彼女が俯いていても じわりと瞳に涙が滲んでいるのが見えてしまうこの身長を今回ばかりは少し恨んだ。全く この表情に弱いのだからと自分自身に呆れる。
 一つ大きな溜息をついてから両手をあげ 投了の意を示した。

「行けば良いんだろ 行けば。」

 彼女は勢い良く顔を上げ ぱぁっと表情を明るくさせた。

「ホントっ?!」
「あ…おー…。」

 良かった と 両手の指先を顔の前で合わせながら少し顎を引いて雛森は笑った。

 こんな奴に翻弄されるなんて。

 なんとなく自分が情け無くなって 目の前にある彼女の頬を思いっきり引っ張った。

「ひ?ひふぁい!いひゃいひょ ひふはひゃひゅん!」
 最早何を言っているのかもわからない。必死に日番谷の手を叩くので 仕方なしに離してやると 少し紅くなった頬をさすった。
 それにしても ここまで人の為に一喜一憂できる人は少ないと感嘆してやる。

「もぅ 何するの!」
「どこまで頬が伸びるか実験。」

 何それ と笑った後に 雛森は日番谷の腕を引いた。

「ほら 行こう。」




 癒える傷を 癒しに。



 日番谷は 仕方ねぇなと苦笑いをして 彼女に引かれるまま歩を進めはじめた。









 例え癒えぬ傷であっても 君の傍に居れば癒える気がして。










 数分後 四番隊救護室から コレの何処が大した怪我じゃない なのよ と 悲鳴なのか怒声なのか解らない叫びが響き渡ったのは

 また 別のお話。