せめても
そう思って 日番谷は左手を強く掴んだ。
左手に掴んでいる刀を一振りして血を払う。
ほんの数秒 間に合わなかった。
信じたい
信じてやりたい
死んだのは
運命のせいじゃない と。
徐々に血の色を失ってゆく男の前に 雛森はしゃがみこみ顔を覆った。
日番谷がついた時にはもう既に 虚の爪は男の心臓を貫いていた。
じゃり と 音をたてて 雛森と伏せた男の隣に日番谷は立った。
「ひ…つが や…く…ん」
ぼろり ぼろりと大粒の涙をこぼしながら雛森は日番谷にどうすればいいの という目を向けた。
「あたし」と言う時の口を何度か作ったのちに 雛森はまた顔を覆った。
日番谷は答える術も無く 雛森を見下ろした。
まとわり付く 沈黙。
絞り出された声は悲痛だった。
「あたしがっ…!あた しが 代わりに死んでればッ…!」
こういう時は何を言うべきだろうか。ぐるり と 日番谷の中で言葉達が動き回った。
慰めの言葉でも 何でも出てきた筈なのに その言葉を迷わず選び取った。
「お前は そいつの命を奪ったんだ」
びくん と 雛森の肩が跳ねた。
「だから死ぬ?そうじゃねぇだろ」
ずっと握りしめていた刀を背中の鞘に納めた。
カチャリと 哀しげな音が響く。
「生きろ 莫迦桃」
奪ったのだ
人生を
寿命を
奪ったのならば 自分のものにしなければいけない。
なぜなら それは 奪ったものなのだから。
顔を覆ったまま 雛森は背中を丸めた。
「ひっ…うっ…ひっ…」
あまりにその姿が痛まれなくて 日番谷は手を伸ばし くしゃりとその髪を撫でた。
雛森の手が それに反応して 縋り付くものを求めるかのように日番谷の袖を掴んだ。
「うあ ひぅっ ああっ…!」
徐々に彼女の背中は丸まってゆき 最後に日番谷にそれこそ縋り付くようにして泣いた。
彼女の顔を見ない為に 日番谷はぎゅっと彼女の頭を自分の胸板に押しつけた。
信じ続けよう
ただ
この双肩にかかる重みが
自ら背負ったものなのだと。
運命のせいじゃない と。
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