そのときのあたしは 向こう見ずで
 皆がそれで 幸せになれると思ってた。
 豊かになれると思ってた。

 私が死神になることで。


「お月様 綺麗だねぇ…。」

 寮の廊下で空を見上げて呟いた。黒い紙の真ん中に丸い穴を入れたかのようだ。
 この 時折寮からみえる空の景色は好きだった。それを人差し指で指しながら 同意を求めようと勢い良く振り返った。

「ねっ シロちゃっ…」

 同意を求めたヒトは其処には居ず 在るのはただ続く長い長い廊下だけだった。
 あたりまえと言えばあたりまえだ。

 彼はこの学院になど入ってすらいないのだから。

 だけれども 彼が隣に居るのがあたりまえで。

 急に何かを落としてきたような 無くしてしまったような感覚に襲われた。ぱっと未だ月を指していた指をひっこめて 胸元で両手を組んだ。


 ぎゅっ


 その手に 少しだけ力が入る。

 ぶつける場所もない怒りが ふつふつと湧き上がっていた。
 不理尽な怒りだとは分かっていたけれども 



 −何で 隣に居ないのよ…
 −シロちゃんの 莫迦ぁ…



 悔しいのと情けないのと 色々な感情が混じって目尻を熱くしたので 思わず顔を伏せた。
 胸元で組んだ手に力が入る。







 桃








 その声にはっと顔を上げた。
 求めていた声。
 けれどもそんなわけはなくて。幻聴だよねと自分に言い聞かせながらも 少しだけ周りを見渡してしまう自分が居た。

「あっ 雛森くん!居た居た!」

 間違う事のない現実の声に引き戻され 声の方を向いた。
 吉良がここだよ といわんばかりに大きく手を振ってくれていたので すぐに見つかった。

「先生が探してるよ!」

「う うん!ありがとう すぐ行くね!」

 そう叫び返してから 遠い吉良の元へと走り出した。




 帰りたい
 それでもあたしは帰らない

 帰れない
 だからあたしは 帰らない。

 けれども やっぱり
 それでも やっぱり




―会いたい




「む 向こうに先生居るから…」
「うん。ごめんね吉良君 吉良君の寮から随分離れてるのに…」
「い いや!そんなことないよ!」

 優しいなぁ 吉良君は。そんなことを思いながら 先生が居るといわれた方に歩を進め始めた。

「あ」

 吉良の唐突な声に 何があったのかと歩を止めて振り返った。

「吉良君?」
「あれ。…天才児の…」

 そういわれて指された方を 何気なく覗き込んだ。







「よぉ。」








 置いてきた者と
 置いていかれた者が








 今ここで、やっと。










::後書::

最後の文で何故かやけに詰まりました…。