何度も呪文を唱えたのだ。
消えてしまえ と。
消えてしまえ 消えてしまえ
消えろ 消えろ
消えて 下さい。
切なすぎる この想いよ と。
鏡をひょいとのぞき込むと 元気の無い顔が見返してきた。
ぺちりと頬を叩いて にこりと笑いかける。今日も頑張らなければいけないのだ。
「よし と。」
気付いてしまってから 何度も唱えた。
彼は弟。彼は弟。
そんな感情消えてしまえ 消えてしまえと。
だから今日も唱える。
彼は弟。
感情は 消してしまえ と。
廊下へ出ると 平隊員達のお早う御座いますの輪唱が遠くから聞こえた。
雛森に気付いた隊員達は 彼女にもまたお早う御座いますを輪唱した。
徐々に近づいてくる輪唱。
毎日毎日何百と聞かされる其れに 返事を返さないのは最早普通だ。あー とでも反応して貰っただけで普通平隊員は縮こまってしまう。
近づいてくる輪唱の中に 其れを言われている隊長格の声は混じっていない。
くぁ と欠伸の音が聞こえたかと思うと ざ と 目の前を日番谷が通った。
「あ」
思わず声に出すと 日番谷が雛森に気付きくるりと振り向いた。
「お お早っ!」
思わず高鳴る心臓が 己をさり気なく戒めた。
彼は弟。
そう 彼こそが雛森の淡い恋心のお相手で
彼女が毎朝顔を思い浮かべては その恋心を否定している相手で。
「お。よう おはよ。」
そうして この行為が何時だって雛森の恋心を消し去らせてくれない。
彼は急ぎなのだろう。そのまま真っ直ぐ進んでゆく。「おはようございます」の輪唱をくぐってゆく。
返事も返さず
反応も返さず
なのに
ぎゅぅと 雛森は心臓を掌握した。
なのに
なのに あたしが「おはよう」を言うと 振り向いてくれる。
なのに あたしには「おはよう」と返してくれる。
自分だけではないと解っているのに だ。
なのに どくんどくんと五月蠅い程心臓が脈打つ。
なのに やけに血の巡りが良くなる。
彼の想いの相手は自分ではないのだ と 何度も繰り返す。
彼は弟
彼は幼馴染み
この想いは気のせい
消えてしまえ 消えてしまえ
そうして ああ今日も消せなかったと溜息をついた。
+戻+
::後書::
女の子の片想いより男の子の片想いの方が書きやすいって
女としてどうだよ自分。(笑)