ぐっと唇を噛んで雛森は前を見据えた。
 半端な気持ちを引きずっていたら 何時しか前に進めなくなってしまうことを 彼女は良く知っていた。
 だからこそ 決着をつける必要があった。

 この 胸の奥に宿る 甘美な想いに。

 十の文字が書かれる扉の前に立って 雛森はそれを見上げた。

 どっ どっ どっ

 鼓動が狂ってしまいそうなリズムで音を刻み始めた。扉を叩こうと 手をその形にしてから初めて躊躇いがうまれて 雛森は顔を顰めた。
 進まなければいけない。その結果が何であろうとも。
 そうもう一度自分に言い聞かせて ノックをしようとした…その時だった。


「よぅ どうした雛森?」
「ふぇあぇあおぇっ?!!」

 びくんっと勢いよく肩を跳ねさせて 雛森は凡そ人の喋る言葉では無いような奇声を発した。
 かぁっと頬を紅潮させて 雛森はしずしずと振り返り 其処に居る日番谷を見下ろした。

「びっ…吃驚したぁ…。」
「俺の方がビビったよ。」

 呆れ顔で日番谷は手に持っていた書類でぱたぱたと扇いだ。

「で 何か用か?」

 改めて聞かれて 雛森は少し言葉を詰まらした。

「…う うん…。暇なときでいいんだけど…。」
「そうか。じゃぁちょっと待っててくれるか?この書類渡してこなきゃいけねぇから。」

 そう言って立ち去った日番谷の背中を暫し見つめてから 雛森は部屋へと足を踏み入れた。
 何十と昼夜問わず入った部屋が やけにトクベツなものに感じた。
 まるで 触れてはいけない聖域のような。

 ふと机の上の書類が目に留まった。
 吸い込まれるように その右下のサインを見つめた。
 不器用に描かれた 彼の名前が 其処にあった。
 かすかに震える指でその名前をなぞると ほんの少し心が落ち着いた。意識的に呼吸をしてから ぴんと背筋を延ばした。

 凛としていろ 桃。

 そう自分に言い聞かせて 静かに目を伏せて もう一度開いた。


「悪ィ悪ィ。待ったか?」

 ひょこっと顔をだした日番谷に返事代わりに笑顔を返した。

「で どーした?」

 どさっと机の前の椅子に座って 日番谷はまっすぐに雛森を見た。

「…あ あのね。」

 とくん

 とくん

 静かに 時が動き出す。



「あたし−…」



 決着をつけよう
 この想いに。

 半端な想いを 引きずらないために。

 私の ために。












::後書::

これでもかなり頭ひねりました。(笑)
珍しく雛森告白バージョンです。