考えたくも無い
 けれど
 有り得ると、知っているコト。


 眠る雛森の横顔を見ながら、小さく溜息をついた。
 眠れない。
 そう駄々を捏ねるから、仕方無しに部屋に泊めたはいいが、こちらが緊張して上手く寝れなかった。
 仕方無しに上体を起こした途端、それは黒い妖気を纏って襲ってきた。

(…考えるな)

 そう首を振っても、其れは消えてくれはしなかった。

(畜生)

 何が有り得る事だと、自分を叱責した。
 例えそれが有り得る事だとしても、己が有り得無い事に変えてみせる。

(そう、何十回と誓ったくせに)

 彼女が消える。そんな世界など、想像出来なかったし、したくもなかった。
 彼女の姿をした人形を残して、彼女が消える。
 …否、もしかすると、そんな人形すら残らないかもしれない。

 考えるたびに心に誓った。
 例えそんな日が来るとしても、俺は忘れないと。
 例え誰しもが君を忘れようとも
 俺だけは、君を死ぬまで想い続けると。

 けれども

 強く噛んだ唇から、じんわりと鉄の味が広がっていった。
 噛み切ってしまったのだろうと気付きながらも、噛む力を緩めようとはしなかった。

 怖くなった。

 整理していて出てきた、埃被った三年前の殉職者リストを、何気なく見ていた時、その恐怖は襲ってきた。
 俺は、

 リストに載る顔の、半数以上の名前を思い出せなかった。

 誓った筈だった。忘れなどしないと。
 お前達を背負って、生きて見せると。

(何て酷い上司だろうな)

 自嘲気味に笑ってみても、慰めにすらならなかった。
 例えば彼女が消えてしまったとき、俺は残された時間本当に彼女を覚えていられるだろうか。
 名前を忘れる事は無いだろう。
 けれども、思い出さなければ浮かんで来ないようになったら?

 俺は本当に、死ぬまで君を想いつづけていられるだろうか。

 言いようの無い不安と暗闇に身を浸しながら、うっすらと見える彼女の顔を見つめつづけた。

 今、君は生きている。

 …それで良い。そう自分に三回程繰り返した。
 死ぬという言葉が持った重圧に押しつぶされそうになったとしても、其れを乗り越えてゆける。
 そう、自分に言い聞かせた。
 彼女の定期的な優しい寝息で、取り巻いていたものが溶けてゆくのが解った。

 生きているよ。

 そう、繰り返された気がした。









::後書::

かなりカオスな精神で粗筋を決めた作品です;;(え)
日番谷氏独白。