(注意…雛森復活後・記憶喪失設定)


 君の歌声が、世界で一番スキなんだ。


 やっとの事で(松本が)貯めに貯めた書類を終わらす事が出来て、ふぅと息を吐いた。
 時計に目をやれば予想通りの時間で、頭を掻いて立ち上がった。
 使いすぎで手がジンジンする。

 扉を開いて廊下に出ると、底冷えするような寒さに身震いをした。
 襖一枚といえど、霊子で出来ている為に随分と寒さをしのいでくれる。
 それでも寒い事には確かに変わり無いのだが、この寒さは犯罪だと思う。

 さっさと廊下を去って自室に戻って風呂に入ろう。
 そう思うと自然と足が速まった。

 ふと、声を聞いて立ち止まった。

 中庭の方だろうか。目をやってみるが、もう外はどっぷりと闇に包まれていて良く見えない。
 けれども、暫く其処でそうして立っていると、聞いた声は歌声だった事がじんわりと解ってきた。
 聞き慣れた声だった。

「…あんのバカ。」

 そう小さく毒付いてみた。照れ隠しな事は承知の上だ。

 じゃり、という音が響いて、彼女はぱっとこちらを向いた。
 驚いた表情も、もう何十回見ただろうか。

「…雛森。」

 そう名前を呼ぶと、あぁ、と雛森は笑った。
 笑った彼女の口から出た吐息は真っ白だった。

「日番谷君かぁ、びっくりしたぁ。」

「何やってんだよ、こんなトコで。」

 ぱさりと羽織をかけてやると、彼女は困った顔で少し迷った後にそれを受け取った。
 返しても受け取らないコトを良く知っているからだろう。
 どさりと腰を下ろすと、そこでやっと彼女は先の質問の回答を始めた。

「あのね、空を見てたの。」

「空?」

 見上げた彼女につられて、自分も空を見上げた。
 屋根の下に居て全く気が付かなかったが、成る程、いいかんじの星空だ。
 満天の星空というのは気味が悪くてあまり好かないが、多少まばらに散りばめられたような星空は好きだった。

「凄いんだよ」

 あまりに自慢げに彼女がそう言うので、話を催促してやった。

「何が?」

 そう聞くと、彼女はそっと目を閉じた。

「こうやって目を閉じてるとね」

「うん」










「声が、聞こえるの」











 ちくん。

 胸の奥底に痛みを感じた。

「そうか。」

 そう相づちを打って、自分も目を閉じた。
 瞑れば、ゆっくりとあの時の記憶が甦ってきた。



『目を閉じてごらん』

 アイツは云った。

『空の歌が聞こえるような気がしないかい?』

 いつものような、優しい声色で。
 俺は、その時目を閉じなかった。あの時、一体アイツは何の歌を聴いていたのだろうか。
 そっと目を開くと、未だ目を瞑って耳を澄ましている彼女の横顔があった。
 芽吹こうとするこの桃の花を摘み取ってまで、お前は一体何を聴こうとするんだ。

 眼鏡の奥底で鈍く光っていたのは優しさではなかったのかと、今更ながらに淡い憎しみが込み上げてきた。
 それを押しつぶすように目を閉じた。






 生き物達が眠りに落ちるこの冬の夜

 子守歌を歌っておくれ

 世界で一番素敵な、その歌声で。













::後書::

痛々しい設定でスミマセン…(滝汗)
正味題名とあってない気がすごいする小説。(笑)
そういえば、あたし自身は空の声聴いた事ないなぁ。
聴ける人間になりたい…。