結局、結論から言ってしまえば、其れはただのイメージでしかないのだ。
 決してリアルではなく、ただの映像で、ただの幻想なのだ。
 そう解っているのに。解っているはずなのに。気持ちの悪い汗の中、俺は目を覚ました。

 畜生。

 何十回目だろうか。
 死覇装を身に纏ってから…否、それよりずっと前から、この夢は俺を絡め取る。
 解こうともがけばもがく程それは首を締め、俺はより一層苦しくなるだけなのだ。

 畜生。

 暫く見なくなっていたはずなのに。
 確かに彼女の夢は度々見たが、それは無駄に甘酸っぱいような、非常に日常的で幸せなものだった。
 こんな血なまぐさい夢など。

 彼女は好きだ。食べる事も、遊びに出る事も、眠る事も。
 なのに今、彼女は痩せ細って、滅多な事では外出もせず、目の下は日に日に濃く深くなっていっている。
 彼女の声が頭を駆け巡る。悔しくて、悔しくて、わけがわからないまま枕に顔を埋めた。

    アイゼン タイチョウ ヲ タスケテ アゲテ

 何だよそれ、と掠れた声で呟いた。少し離れたところで寝相悪く転がっていた松本が、僅かに動いた。
 助ける。助けるって、何なんだろうと思う。彼女は盲目過ぎて、優し過ぎるのだ。
 もし俺が彼女のような立場だったら、と時折考える。雛森が死んで、それで生きてて、それで裏切られて。
 そうした時、俺は受け入れられるのだろうか。彼女のようになるのだろうか。

 仰向けになって天井を見上げた。綺麗な部屋だ。
 この部屋の主を思い浮かべる。亜麻色の髪の女。織姫なんて小洒落た名前にしては、相当辛い経験をしているそうだ。なんとなく、似通っていると思った。
 とはいっても、両親の記憶すらない此方の方がもしかすると楽なのかもしれない。知らない事も苦痛だが、時には知っている時のほうが辛いこともある。

 そう、知っている方が辛いこともあるんだ。

 藍染のあの目に宿るものは哀しみなどではなく、ただ人を見下したつめたい目で。
 今までの優しい瞳はどれだけ巧く偽造されていたものだったのかを痛感させられるような目で。
 市丸の方が、余程人間らしい目をしていた事。伝えられなかった。
 知らない方が彼女にとっては楽なのかもしれない。きっと彼女にはこの事を受け入れられない。

 助けを求めてるのは、雛森の方だ。
 アイツを善に据え続ける事で、憧れの人に据え続ける事で、自我を保っているだけだ。

 代わりになりたいと、何度願ったのだろうか。

 代わりになる必要は無いと、何度も自分に言い聞かせた。
 俺は俺のままで在るべきなのだと、何度も言い聞かせた。
 それでも求める。脳のどこかが、彼女を楽にするためには、アイツの代わりになれることが最も近道なのだと叫び続ける。
 その近道が、決して最善策でない事を知りながら。

 藍染を目の前にした時、俺は殺す事を躊躇うだろうか。
 誰よりも雛森を傷つけた男を。

 きっと、躊躇えない。

 彼女の願いの為に躇う事は、俺には出来ない。

 もう一度眠ろうと目を瞑った。
 彼女の顔は浮かばず、あるのはただ墨を零したような黒い世界だった。




 畜生。




 濡れた頬に、気付かないふりをした。









::後書::

雛復活話を読んだその日に書いた作品。
欲望ぶっつけ。(笑)