距離は 多分10kmくらいから始まった。
 メートル単位で近づいては離れていったこの距離は 今 やっと1mになった。
 長く長く歩いた気がする。
 幸せに満ちて 私は手を伸ばす。

 1mに届かない手を 伸ばす。

 そう
 この想いは届く事がなくて
 距離が1mから縮まる事はなくて。

 何時だって求めていたんだ
 その手が 私に向かって伸ばされるのを。

 あたしの手じゃぁ 届かない。

 貴方が手を伸ばしてくれれば繋がれるのに
 そうしたら 二度と 二度と 話さないのに



 伝え られるのに。



  愛シテ イル ト。



 そうやって 泣いていた。
 夢の中のアタシは わんわんと声を上げて泣いていた。
 多分きっとそれは 私の願望だったのだろう。声を上げて泣きたいという願望だったのだろう。

 辛い。
 辛いよ 愛しい人。

 涙で歪んで見える天井を睨みつけて下唇を少し噛んだ。

 こうやってアタシが呻いている間に あなたとの距離は2mに開いて そして−……








「乱菊」










 細い指
 華奢なようで それでいて角張っていて。
 丸よりも四角に近い爪をしていて。


 あたしの 大好きな 手


 何故それが目の前にあるのか とか
 何故それが今あたしに向かって伸ばされているのか とか
 そんな事すらすぐには分からなくて ぐるりと疑問を一通り文字に直してから考えた。




「見ィつけた」




 こんな処でかくれんぼかいな と 冗談めかして市丸は少し首を傾げて笑ってみせた。
 十番隊詰め所の屋根は 意外と誰も探さないものなのだろう。御陰でもう日は随分と傾いている。

 もしも あたしに 手を伸ばしてくれたならば あたしは−…

  あたし は −……。

 どんっと抱きついた衝撃で 市丸は思わず屋根から落っこちそうになって足に力を入れた。

「っとわわ…っ…ら 乱菊?」

 何 どうしたん?
 そう聞いてくる声も聞こえなくて くすん くすんと鼻を啜り始めた。


 掴まえた
 捕まえた
 もう 捕まえたから 放さないよ
 もう 掴まえたから 離さないよ。


「あたっ あた し ッ…!」



 うあぁん と泣き始めた松本の背中を 市丸はぽふぽふと二三度軽く叩いた。
 こくんと一度喉仏を動かして唾を飲み込んだ。

 もう 何処にも 行かないで

 そう 泣きじゃくりじゃなが言われた言葉をしっかりと耳に入れてしまって 自分自身に聞かなかったフリが効かなくなってしまった。そう思いながら 市丸は首に巻き付いた腕を払おうともせずに また二三度松本の背中を優しく叩いて空を見上げた。










 切なさが胸を貫いている
 嗚呼
 裏切られる方か
 裏切らざる得ない方か




 切なる痛みを 知り得るのは。







 差し伸べた手は空を掴み
 差し伸べられた手に縋り付いている。














::後書::

予想外に好評でした 両思いなのに報われない小説。(笑
乱さんが弱気なのもまた好きなのです。(ぐっ
両者とも相手の想いはわかってるくせに自分の想いが解らないぐらいが
一番良いかなぁなどと勝手に考えておりまする。