「ねえ。」

 何時もより、ほんのすこし紅色を載せた声で、乱菊は呟いた。
 ソファであお向けになり、髪を乱すその姿は酷く艶かしかった。

「ちょっと、こっちおいで。」

 まるで子供に云うかのように、乱菊はギンを呼び寄せた。
 まるで親に従うかのように、ギンもまた読みかけの本を閉じ、大人しく乱菊のほうへと寄った。

「どないした?」

 問いに答えず、乱菊は彼の頬に手をのばした。
 連休で怠けて剃っていないのであろう、少しばかりのびた髭をなぞる。

「乱菊。」

 名前を呼べば、途端少女のような笑みを浮かべる。
 艶かしい先刻の表情とのギャップにギンは一瞬面食らった。
 何時からこんな表情のできるようになったのだろうか。

 乱菊はギンの頬にそっと手をやると、そのまま引き寄せて接吻をした。
 されるままに舌を吸われて、少し経ってからギンは彼女の歯を舐めるように舌を動かした。
 彼女は目を閉じて、まるで母親の乳房をそうするように一心に吸っていた。

 その幼い表情と、行為の差に覚えたのは性欲ではなくまるで子に抱くようないとおしさだった。

 逆らうことなく、彼女の喉の奥へと舌を突き進めると、一瞬苦しそうな顔をした。
 そのまま、舌を食いちぎってもらいたい。そんなことを思いながら、唇を離す。
 未練がましそうに、舌がぽんっと間抜けな音をたてた。

「乱、なんかあった?」

 そう問い掛ければ、乱菊は目にはいりそうなブロンド髪を耳にかけて、酷く恨めしそうにギンを見上げた。

「なんにもないわよ、莫迦。」

 彼女が何を欲しているのかを知りながら、ギンは細い目を更に細めて微笑んだ。

「そう。」



 乱菊は、紅色の頬をわずかに膨らませて、ぷいと余所を向いた。











::後書::

リハビリ作品。
誘惑失敗ってことで…