乱菊の口唇は、グロスなどを塗らなくても十分厚い。
 そのことを彼女がコンプレックスに持っているのを知る者は意外に少ない。

 化粧は、無い物を増やすには長けている。しかし、あるものを減らすのには不向きだ。
 今はもういい加減諦めているようだが、昔はよく可愛い服が胸のせいで入らないとしょげていた。結構、少女趣味なのだ。

 そして、ボクの口唇は、薄い。

 じぃっと乱菊の口唇を見つめていると、気付いた彼女が振り返った。
 なあに、と首をかしげているが、気にせずに見つめつづける。厚い口唇が開いて、その隙間から溜息という名の吐息が漏れる。

 ここはボクの部屋。廊下で見つけた彼女を持ち込んで、部屋に置いた。
 仕事が一段落ついた所だったらしく、おとなしく座って本を読んでいた。

 男が女の胸が好きなのは、自分にはないものだからだ。
 同じように、ボクは自分にはないあの紅く厚い口唇に欲情する。

 ボクがぺロリと舌なめずりをすると、びくんと彼女の口唇が真一文字に閉じられた。
 そう、ボクと同じように、彼女はボクの舌に欲情する。

 わざと舌をちろちろと蛇のように動かしてやると、あっという間に彼女の頬は紅色に染まっていく。
 この歳にもなって、そんなに解りやすくていいのだろうか。

 おいで、おいで。
 手招きすると、まるで操られているかのようにやってくる。
 過敏になっている体を撫ぜてやる。

 求めるように開かれた口唇に、舌を入れてやる。
 きゅっと目が細められ、そして閉じられる。


 そうしてボクは、君の我侭を叶えてやる振りをして、その口唇を堪能する。


 君の口唇は、ボクのもの。