花瓶に入れられた菫の香りが 漂う。


 此処 十番隊隊長室で 松本は苦しそうに笑いを堪えた。

「…っく…くくっ…。」
「松本 堪えきれてねぇぞ。」
「こ 堪えろ って方が無理ってもんで すよっ…!ぷっ…っははっ!」

 笑う松本に 日番谷は拗ねたような不満げな視線を向ける。

「だって 隊長の部屋に す 菫って…!あははっ 可笑しっ…!は ははっ…!」

 最早松本は涙目。
 日番谷の眉間の皺はどんどんと数を重ねてゆく。

 別に 彼も好き好んで飾っているわけではないというのに。


 世界広しといえど 彼の部屋にこんなものを置いていけるのはただ一人。



「雛森の奴ッ…。」



 いくら毒づいても 彼女に勝てるわけでもなしとは解ってはいても。


 ぱたぱたぱたぱた。

「あーっ もう 日番谷君これじゃぁお水多いよっ!」

 そう言って 花瓶を抱えて走っていく姿を見送る。
 あー やっぱり などと呟きながら。
 その後ろ姿が消え去った方向を見ていると 藍染がひょこりと姿を現す。

「…よォ。」
「書類を渡しに。」

 にっこりと微笑みながら 紙の束を差し出す。

「綺麗な菫だね。」

 書類を渡しながら 藍染が机の菫に目を向け微笑む。

「……あんまり 嬉しくないな お前に言われても。」
「そうかい?それは悪かったね。」

 嫌味でもなく 苦笑で藍染は返す。
 悪意たっぷりの台詞も 奴には通じない。

 どうせ オマエも貰ってンだろ?

「そうか 雛森君の帰りが遅いと思ったら…。菫を 摘んできていたんだね。」
 そう言って 目を細め菫を見つめる。

「……?」

 眉間の皺が 二本増える。

 それじゃぁ と言って藍染が立ち上がろうとした時に 雛森が帰ってくる。

「あっ 藍染隊長っ!す すみません 直ぐ報告書書きますんでっ…!」
「ああ いや 気にしないでくれ。大丈夫だよ 今帰ってきたんだろう?ゆっくりしなさい。」

 御免なさい と頭を下げると 藍染は笑ってその場を去っていった。

「……。」
「藍染隊長の所に 挨拶もせずに来ちゃったから…。えへへ。」

 照れながら 彼女は笑う。

「……この菫って。」
「時間無かったから 少ししか持って来れなかったんだよっ!」

 日番谷の台詞を遮って雛森がしゃべり出す。

「だからね 藍染隊長には何も持って帰れなかったんだ。」
 残念だなぁ と苦笑しながら。
 一瞬目を見開き その後にまた眉間に皺をよせる。

「…オマエ 阿呆だろ。」
「ふぇっ?な なんでっ?!だって 慌てて帰ってきたから…。」
「…そうじゃなくて。」

 がしがしと頭をかく。


 普通 好きな奴を優先するんじゃないのか?
 …何で 俺を優先して?


 ユウエツカン?

 莫迦莫迦しい。


 その考えを振り払うために軽く肩をすくめながら顔を左右に振り 書類に手を伸ばした。

「ふぇ?な 何〜っ?!」

 そんな中途半端じゃ気になるじゃない と追究する雛森を無視し先程届いた書類に目を通し始めた。


 君の声と
 菫の香りに 揺れながら





 測りかねるは 乙女の天秤。