一面真っ白の世界。

 そこに一人立った時に 直ぐに夢だと感じた。
 そう これは夢なのだと 妙に冷静に考えながら其処に浮くようにして立っていた。

「…………!…!」


 ふと正面に現れた 昔の雛森が何かを一生懸命叫んでいる。何の夢か解らない。ぼろぼろと涙を流し始めた彼女に触れたかったが 身体が動かない。夢は便利そうで不便だと 脳裏で感じた。

「……!……ッ!……!」


 不意に背中越しに叫びが聞こえて振り返ると 其処に居たのは昔の日番谷自身だった。雛森に対して 顔を赤くしてまで何かを怒鳴っている。

 あ

 そこでやっと 記憶が繋がった。
 昔から日番谷と雛森が怒るのは一方だけだった。だから 喧嘩も喧嘩らしくならず どちらかが謝って直ぐ幕を閉じるのだ。

 けれども そう この時は違ったのだ。

 2人ともが 相手が悪いと譲らなかった喧嘩だ。

 記憶が繋がった途端 叫び声は吹き出しに台詞を入れるように意味を伴いはじめた。その声に色が無いのはきっと もう音声の記憶が無いからだろう。

「莫迦!莫迦莫迦っ!信じらんない!」
「俺がどんな理由で喧嘩したってテメーには関係無いだろう?!」
「あたしが何されようが それこそシロちゃんには関係無いよ!」

 雛森の手には粉々に砕かれた髪飾りが握りしめてあった。確か 其れを踏みつけて壊したのは 6人ぐらいの多いグループ集団だったと思う。…多分。

「自惚れんな莫迦野郎 誰もテメェの為なんかじゃねぇよ!」
「じゃぁ何よッ!」

 ぐっ と 過去の日番谷は息を呑んで言葉を留めた。

「…ッ…ただ…あいつらは昔ッから気に喰わなかった…だけで…」
「嘘吐き!」
「な なんで俺が嘘つかなきゃいけねぇんだよ!」

 そう言われるのも当たり前だった。そんな理由で6対1の喧嘩を挑む莫迦なんて普通は居やしないのだから。
 粉々になった髪飾りを拾い上げた時の彼女の瞳から 涙が落ちたのが悔しかったのだろう。それを含めると 結構まぁ 気にくわないというのも嘘 という程でもなかった。

「そんな怪我してきて…ッ…あたしが どれだけっ…心配 した か…ッ!」

 ぷつん と 世界が切れた。

 また真っ白い世界に戻り 時が流れてゆく。
 たしかこの喧嘩は予想より長く続いて 一週間は喋らなかった筈だった。
 ばぁちゃんが唐突に「蛍を見に行く」って言い出して 無理矢理行かされたのに 最終的にばぁちゃんは待ち合わせに来なかったのを 良く覚えている。
 全くもって 妙な気遣いだった。

 朧気な姿になってからまた 過去の2人が姿を現した。

 橋の上で 妙な合間を維持しながら手すりに寄りかかっている。蛍が幻想的な光を放っては消え 放っては消え飛んでいる。


ほ ほ 蛍来い
こっちの水は甘いぞ
あっちの水は辛いぞ

ほ ほ 蛍来い…


 第三者の視点で見るとここまで莫迦らしい喧嘩だとは思っていなかった。子供時代というのは何時見ても恥の固まりだと思う。


 そういや 最近
 見に行ってねぇな 蛍。


 そう思った途端に 急に彼女が愛おしくなった。

「ごめんね」
「…ごめん」

 ふてくされたように放たれた言葉がぶつかって 二人して噴き出した。

 其処でまた 白くなり 夢が終わった。






 白くなった世界が 徐々に現実の色を取り戻し始める。真っ先に視界に入ったのが 雛森だった。
 手を動かせば触れる位置に彼女が居るのに 思わずまだ夢の中かと錯覚を起こしそうになった。



「ひ…雛森…?」
 何で此処に と 言わぬ間に彼女の声で遮られた。

「あれ おはよう日番谷君っ!どうしたの 昨日徹夜?もう朝だよ。」

 そう言われて自分が死覇装のまま机に突っ伏していた事に気が付く。
 そういえば非番の前日だから仕事を出来る限り終わらそうとして徹夜してたんだったっけ と今更思い出している辺りで我ながら間抜けだと思う。

「…なぁ 雛森」
「なぁに?」

 首を傾げる彼女に 唐突な提案をする。

「今日 蛍見に行かねぇ?」

 一瞬彼女が硬直したように見えた。そこまで驚く事だろうかと思ったが 記憶を探れば探るほど滅多に自分から外出の誘いをしない事が解った。
 ぱぁ と 彼女の表情が明るくなった。

「行くっ!行く!」

 じゃぁね と 場所と待ち合わせを嬉しそうに決めてゆく彼女を ぼぅっと見ていた。取り敢えず風呂に入って それから無駄な喋りでもして。…そして 蛍を見に行こう。

 そして蛍を 見に行こう。

 君と 一緒に。







ほ ほ 蛍来い
こっちの水は甘いぞ
あっちの水は辛いぞ

ほ ほ 蛍来い