よどんだ空気の中での山盛りの仕事に一段落をつけ、気分転換にと、廊下に出た。少しひんやりとした風邪が頬に気持ちが良い。
 その時に、足元に真っ赤になった楓の葉が舞い落ちていることに気がついた。
 ああ、もうそんな時期かと感慨深くなる。
 何となく物悲しさを感じさせるそれが、手前へと飛ばされてきた。思わず手を伸ばして掴もうとする。

 ふと、その楓が何処かで見た手と重なった。

 思わずぎょっとする。楓のような、小さく幼い手。一体何処で見たのだろうかと暫し思案してから、嗚呼、と目を細めた。
 この手は、俺の手だ。昔の、もっともっと幼かった頃の、彼女が死神になるといった時に引き止められなかった頃の。
 そんな頃の俺の手だ。

 捕らえたその葉に、衝動的にそっと唇を寄せた。
 まるで女王の手の甲にキスをするかのように、優しく、優しく。
 乾いた唇が、其れと擦れてカサリという音をたてた。

 そっと手を離す。
 はらり、ひらりと葉は足元に舞い落ちた。妙な侘しさ。
 その葉を踏まないように一歩を踏み出す。砂利が音を立てる。


 君を守れない幼い手は捨ててゆこう。


 ぐっと手に力が入った。
 爪が食い込む痛みが、妙に心地良くて、思わず口の端を釣り上げた。
 俺の世界は彼女で回っている。それを改めて思い知らされる。

 強い風が吹いた。新たに葉が舞い落ちる。
 それでも振り向きはしない。

 例えチリチリとこの胸が焼ける音を耳にしようとも。

 それが

 俺の選んだ道なのだから。







 楓の舞う季節に、誓った誓い。











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