不器用に彫られたその文字。

 ひとつの傘に、二つの名前が肩を並べている。
 目立たない塀の裏に、そっと彫られたその文字は、塀ごと壊される。

 年季の入ったこの家は、もうここに在るだけで危険なのである。
 古い家の解体作業など、本来隊長格がするものではないが、下の者が手作業でやるよりも道でこわしてしまったほうがよっぽど早いのは目に見えている。
 だから、手も空いていたし、関連のある場所でもあるのでどうか、という話が持ち込まれたのは、そう不自然な事ではなかった。気はすすまなかったが、返事を濁しているうちに決定を下されてしまった。

 掘り込まれた文字を指でなぞってから、作業にとりかかることにした。
 いくら手が空いているとはいえ、書類から何から雑務はいつでも山盛りだ。早く帰らなければいけなかったし、こんなところで哀愁に浸る気もなかった。
 周りに霊圧が無いことを確認してから、手を掲げる。
 形あるものを壊すことは、とても簡単だ。

 少し言葉を紡ぐだけ。
 すこしベクトルの方向を変えるだけ。

 ドン、とシンプルな音が響く。
 ガラガラとなり落ちるその塀は、あっという間に瓦礫へと変わった。
 この瓦礫は、そのうち処理班がやってきて、別の場所に捨てられる。
 ふと、目線がひとつの欠片へと止まった。悲しいような、なんとも言えない気分になったが、その欠片を拾う事も隠す事もせず、そのままにしておいた。
 きっと誰も気付かないであろう。なんとなく、足早になる。
 悲しくはなかった。しかし、心の欠片がひとつ、消えた気はした。







 真っ二つに割れた相合傘、帰るところはもういらない。