非常に 胸糞の悪い笑い声だった。吐き気を催すような 色んな種類の笑い声を聞いた。
 耳の奥にこびり付いて離れない。
 あの声が 嫌いで 嫌いで 嫌いで仕方無いんだ。

「消え去れ。」

 そして

 氷の香りに混じる 血の匂いが
 空を劈く断末魔が

 きらい なんだ。



 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い

 その音を拾うこの聴覚が

 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い

 その匂いを拾うこの嗅覚が

 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い

 その匂いをこびり付けるこの身体が



 自分の身体全てに嫌悪すら覚えながら 貧血気味にぐらぐらとする頭を押さえて 血を含み重くなった羽織を脱ぎ小脇に抱え霊界への扉を開けた。
 血まみれになった刀を鞘に納めるわけにもいかずに引きずりながら。


 視界すらも赤くなりはじめたのは 髪に付いた血が流れ落ち始めているのだろう。


 ふわりと 唐突に甘い匂いが鼻孔を掠めた。
 ぱちん と 目が覚める。

「雛森。」

 口を唐突について出た台詞に自分が驚く。

 何故?

 けれども それは間違いではなかった。
 焦る足音が近づいてくる。

 再び視界が赤くなってゆく。
 貧血がまた始まった。

 戻しそうになるのをぐっと我慢しようとするが 余計に悪くなる。

 ぐらりと視界が揺れて 倒れてゆこうとするのが他人事のように見えた。


「日番谷君っ!」


 半幅悲鳴に近いそれを耳にした。
 地面に倒れるほんの少し前の所で 雛森に支えられた。

 朧気な視界で見た黒く揺れる髪。

「大丈夫っ?!」

 雛森が心配そうに頬に手をあててくる。
 ほんの少しひんやりとしたその手が気持ち良い。

 血の匂いに混じる 甘い匂い。

 いつも どこでも。彼女の手からは甘い匂いがする。
 それが 好きで好きでたまらない。

 それに 救われるんだ。


 その声を拾う為に聴覚が

 その香りを拾う為に嗅覚が

 彼女の体温を感じる為に身体が


 俺の全ては 彼女の全てを感じる為だけにある。


 甘い香りに包まれながら 瞼を閉じた。
 その世界にあるのは 決して紅い血の色ではなくて
 優しい優しい 薄紅色だった。




 血の匂いなどもう 感じる事すらなくなっていた。
 ただ 甘い匂いに包まれる。





 甘い香りのする 貴方の手でどうか 頬に触れて下さい。