三番隊は何故か 傾向としてひょろ長い上席が多い。
なので 副官補佐クラス以上しか使用が許可されていない隊毎の特別書庫にある踏み台は 昔々の少し小さめだった副官補佐が使ったきりで それからはずぅっと埃を被りっぱなしなのだ。
それに今更 人が乗ったらどうなるだろう。
お話のお決まりに 転がるだけだ。
雛森は七番隊に書類を取りにいった後に 吉良が貸してくれると言っていた本を借りに三番隊に足を運んだ。市丸が不在…もといサボり…らしく 吉良がまっ青な顔で忙しそうにしていたので後にしようかと思ったのだが 彼が書庫の鍵を渡してくれたので今に至るのだ。
「あっ…と…ちょっと…!」
つま先立ちをし 出来る限り腕を伸ばしてお目当ての本の背表紙の一番上に指をひっかけた。もう少し と無理に更につま先立ちをすると 本が手前にかくんと傾いてきた。
「やった!」
やっと取れた本を抱き抱えながら とすんとつま先立ちをとんと戻した。その時
ガキッ
…その不穏な音に 直ぐに飛び退けばよかったのだ。それなのに 少し考えた後にまたつま先立ちをした。もう一冊の本を取ろうと。そうして 一番全身を伸ばした処で ついに踏み台が悲鳴をあげたのだ。
バキッ
足下が崩れる感覚に襲われたが それどころでは無かった。上から雨の如く降る大量の 本から頭を守ろうとして 余計にバランスを崩した。
「っきゃーっ?!」
ぱっ と急に顔を上げて その後に首を傾げる日番谷に松本は訝しげな視線を送った。
「…松本」
「はい?」
「…今 声聞こえなかったか?」
「…いいえ?」
暫しある日番谷の幻聴…というか 雛森センサーに松本は眉間に皺を寄せた。
「また雛森ですか?」
「…微妙 だな。」
気のせいか と日番谷は書類に顔を向け直そうとしたが 宛先の砕蜂という名前を思い出すのに10秒かかった為に諦める事にした。
「…松本」
「はい」
「悪い ちょっと行ってくる。」
「…何処に?」
「…どっか。」
「どっかぁ?」
「…おう。」
呆れたような松本の声に 日番谷はバツが悪そうに肩を竦めた。何処かが分かっていれば苦労はしない。
「…行ってらっしゃい…」
「…おう。」
諦めの早い副官に感謝しながら日番谷は席を立った。とりあえず 雛森の安否を確認しようと五番隊へと足を向ける。
誰の声かも分からないし 何処かなんて本当に分からない。雛森ではない事がもしも分かったら 空耳だった事にしようと思っているあたりで薄情なのかもしれないが それくらい全く持って手がかりがないのだ。左右上下何処から聞こえたのかも分からなかった。
言うならば 寧ろ脳内からの叫びだった。
「ひ 日番谷隊長っ!」
怯えたような声に日番谷は後ろを振り返った。隊長格に酷く怯える平隊員は多いので そういう声をかけられるのには慣れていたので特に気に留めてはいなかったが あまりにもその隊員がまっ青なのには流石に少し驚いた。
「すす すみません 雛森副隊長知りませんかっ?!」
「…居ないのか?」
「は はい 書類を別隊にとられに行ったきりでっ…!」
今にも泣き出しそうな隊員を見上げながら日番谷は溜息をついた。やはりあの声は雛森だったのだ。全く世話のかかる奴だと首筋を掻いて おろおろとする隊員を半幅慰めるように答えた。
「分かった 探しておく」
「ああ 有難う御座います本当っ!」
日番谷は深々と頭を下げる隊員を後目に歩き出した。相手が雛森と分かれば 後は簡単だった。
す と目を瞑ると 紅い糸が見える。
それは自分の心臓から何処かへといつも伸びていて その先には確実にアイツが居る。
その糸は 見える時と見えない時があるのだけれども。
「…向こう か。」
糸の指す方へと 日番谷は走った。
「…ったぁい…」
涙声を一人出しても誰かが来るわけもなく。本に埋もれたせいで視界が真っ暗で 手足を動かそうとしても動かない。紙とは言っても 集まれば侮れないと雛森はぼぅっと思った。胸を圧迫されているせいで苦しい上に 使われない本ばかりなので埃っぽくて咽せる。
「アタシの莫迦…。」
どこまで間抜けなら気が済むのだと自分に言いたくもなってくる。くすんと鼻を啜ると 何処からともなく声が聞こえた。
その声に反応しようと首を動かすと ほんの少しだけ視界が開けて 本と本の合間から光が漏れ始めた。
其処に見えた 彼にぎょっと雛森は目を見開いた。
何で
『莫迦桃 見ーつけた』
確かにそれは 雛森がシロちゃんと呼んでいた頃の日番谷で。既視感に襲われながら 雛森は掠れる声で何でと声に出した。
『お前はかくれんぼに向いてないんだよ。』
ニッと意地悪っぽく笑うシロの背中にある光のせいで彼が霞んだかと思うと それは真っ白になってそれから消えてしまった。
かと思うとまた 人影が浮かび上がった。
「シロ ちゃん?」
「誰がシロちゃん だ 莫迦雛森。」
何やってんだよ と 本を掴み退けてゆく日番谷を見上げて ぱちくりと雛森は瞬きをした。
「ひ 日番谷君…何 で」
何で ってなと呆れた顔を向けられたのだけれども 雛森は上手く反応できずにまたぱちくりと瞬きをした。
「お前はかくれんぼに向いてないんだよ。」
先程の幻覚と同じ角度で 先程の幻聴と同じ台詞を 少しだけ低くなった声でくり返す彼がなんとなく愛おしくなって雛森は微笑んだ。
「日番谷君が鬼じゃなければ あたし最後まで見つからないんだよ?」
「不思議だ。」
五番隊席官と 十番隊席官は一様にして声を揃えた。本当にねと松本は呆れたように答えた。
「七番隊に書類渡しに行って」
「三番隊の書庫に居るなんて 誰が想像出来るんでしょうね」
「…日番谷隊長 だからだよなぁ…。」
「本当不思議」
「なのに 理由は明確。」
そう言うと 皆窓から外を見下ろした。其処に居る 本を抱えて笑っている雛森と 呆れたようにその隣に歩く日番谷を確認してから いっせーのでとかけ声まで付けて声を揃えた。
「「「愛だろ 愛。」」」
愛は全てを全うするとは よく言ったもの。
品書戻
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::後書::
自作お題第一段より。
新しい事になににでも手を出したがる奴ですみませ…;
運命の紅い糸は 小指なんかで繋がってるんじゃないのですよ。
運命の糸は
心臓からずっと 繋がってるんですよ。
なんて どうでもいい拘りをふんだんに盛り込んだ作品でした。(笑