日が暮れて 空が黒くなるのを待たずに道なりに灯りが灯り始める。そうして 人が集まり始める…。

「なんだ…この人の数…」

 霊圧を制限する腕輪を付けながら 呆れたように日番谷は声を漏らした。この世界には一体 何人の暇人が居るのだと思いたくもなる。
 ちらほらと見える同じ腕輪をした人物…つまりは隊長と一部の席官…に お前等阿呆かと言いたくなるのだが 自分もここに居るので言えない。

 瀞霊廷内に留まらず人の集まるこの祭りでは 霊圧が一定量を超える人物には腕輪の着用を強制させられる。人が倒れると隊員が遊べないからです と 酷く真面目な顔で卯の花は理由を説明した。まぁ 通りすがっただけで倒れる人も居るのだから 最もな話なのだが。


「見付けた!」


 半幅人集りに押し流されるように移動しながら 聞き慣れた声に後ろを振り向いた。
 現地集合だった為に 人だかりを見て会えるか心配していたのだが 無事に見つかったようだった。

「雛森」

 人のせいで浴衣は良く見えないのだが 椿の髪留めがちらりと見えた。はぐれないようにと 手を伸ばす。

「あ あのね…」

 少し頬を赤く染めながら 彼女がその手を取ろうとした。…瞬間。
 急に流れの速くなった人混みに 指先同士の距離が離れた。

「日番谷くっ…きゃぁっ!」
「ひなっ…うわっ!」

 手を掴もうとした筈のものが空を切った。周りのもの全て卒倒させてしまいたいような感情が横切ったのを 必死に押さえる。
 だから人集りは嫌いなのだ と 小さく舌打ちをした。。
 けれどもそれは 誰かにあたれるものでもなく。道なりの外へ一時待避して 日番谷は雛森探しを始めるハメになったのだ。


「ど どうしよう…。」

 折角の貴重な時間を無駄にしたくなかったのだけれども と 今更思っても仕方がなかった。
 丘の方へと人混みをかき分けて出ていく。あそこならば 見下ろせる。

 普段なら 霊圧で何処に居るかなんて解るのだけれども 今は二人とも腕輪を付けている。霊圧を頼りに探すのは不可能に近いだろう。


 雛森は良く はぐれる。
 大人数の時は 数人と一緒にはぐれるのだが…。日番谷と二人の時も 良くはぐれる。日番谷がはぐれるのではなく 雛森がはぐれるのだ。

 そして 見付けるのはいつも日番谷の方なのだ。

 実は一度 怒られた事があるのだ。動くと余計見付けにくい と。だから 最近はもう雛森は彼を捜す事を諦め 彼が見付けやすい所に移動することにしていた。

 人混みから抜け 丘の方へと一歩足を踏み出した瞬間 鋭い痛みが走った。

「痛ッ!」

 足を見てみると 足首が赤くなってる。嗚呼 と溜息をつかざる得ない。
 仕事に支障が出てもと思い なんどもこの下駄を履くのを諦めようとしたのだが やはり乙女心には勝てなかったのだ。

 日番谷君とも離れるし やっぱり履いてこなきゃよかったかな…。

 しゃがみ込み 首を垂れながら 恨めしそうに下駄を見下ろした。雑踏の騒ぎが近くなのになんとなく遠くに聞こえて心細くなる。屋台の光があまり届かないので こちら側は少し薄暗いのもあったのかもしれない。 

 日番谷君 早く見付けてくれないかなぁ…。

 何とも他人任せな願いとは思っていても。



「雛森!」

 
 数秒の間も無く飛んできた声に 勢い良く顔を上げた。
「オマエな 会って早々はぐれんなよ…。」
 息を切らして汗を拭う日番谷を 雛森はぽかんと見上げていた。息を乱す彼がやけに新鮮で そんなに急いでくれたのかとか 色々な事が頭を巡ったが 言葉が出てこない。

「ひ 日番谷君…早かったね…」

 話題を探そうとしたら思わず口をついて出た言葉に 日番谷が呆れたように見下ろした。

「『早かったね』 じゃねぇよ…ったく…。ほら 花火はじまっちまうぞ。」

 その言葉と共に ぶっきらぼうに差し出された手の意味を解し損ねて 雛森はきょとんと彼を見上げた。
 日番谷は眉間の皺を深くしながら 雛森の手首を掴んでひっぱり上げた。

「ひ 日番谷君っ?」

「…何だよ お前またはぐれたいのか?」

 そう言った日番谷の頬が ほんの少し赤かった気がしたけれども 薄暗い為の見間違いだと思ってあげる事にして 手を握り返した。
 わかりゃぁ良いんだよ という台詞に益々笑いがこみ上げてきたけれども我慢してあげよう と雛森は一人思った。


 何度でも
 何度でも

 貴方は私を 見付けてくれる。



「…足 擦ったのか?」
「えっ…あ ちょ ちょっとだけね!」

 雛森が慌てて言うと 日番谷は少し考える仕草をしてからしゃがみ込み 背中を雛森に向けた。

「背中乗れ。」

 唐突な台詞に雛森は一瞬どもった。

「えっ で でも…」
「それとも抱きかかえられてェか?」

 う゛ と雛森はその台詞に言葉を詰まらした。抱き抱える…というのはつまり お姫様抱っこの事で。

「お…負ぶって貰うので良いです…。」
「じゃぁさっさと乗れ。」

 その小さな背中に身を任せ ふわりと浮く体を感じながら雛森は落ちないようにと日番谷の首に手を回した。左手には 下駄を持って。

「下駄なんて履き慣れないモン履いてくるから。」

 呆れたような日番谷の台詞に ほんの少しむっとする。全く乙女心の解らない人なのだから。可愛いとか 似合ってるとか そういう言葉を求めて 擦る事も覚悟で来たというのに。

「あのねぇ ひ」
「まぁ。」

 急に言葉を遮られ 雛森は口を噤んだ。日番谷は相変わらず前を向いたまま喋り続けた。







「似合ってた けどな。」
  






「…はんそく。」

 ぎゅぅ と 顔を彼の背中に埋めながら 雛森はそう微かに呟いた。











::後書::

激しく前半と後半が違って
そして全くお題に沿っていない小説で…(撲殺