始まりは、白と紛れているような色だった。
其れに色がついている事すら曖昧な色で。
曖昧な、薄い色で。
「返してっ!」
動きを拘束された桃の、悲鳴じみた声に少年が嗤った。
「へん。生意気なんだよ お前は!」
少年の手の中にあった硝子の欠片が滑り落とされ、パリンと粉々になった。
さらにそれを足で踏みつけてみせて、少年はまた嗤った。
桃は泣きそうな顔で其れを見つめた。
可愛らしい兎の硝子細工はもう原型を留めてはいなかった。
「こんなモン大事に抱えてよ。そんなに大事か、シロちゃ」
白いモノが飛んできた、と思った後に、一拍遅れて少年が倒れた。
「だ・れ・が、シ ロ ち ゃ ん だって?」
その‘白いもの’はゆらりと身体を起こして、それから少年を蹴飛ばした。
「はーい、俺の名前言ってみましょー?‘ひ’?」
「ひ、ひつが や お前…ど 何処から!」
「言えんじゃねぇかクソ野郎」
げし、と踏みつけられて少年はぎゃぁと呻いた。
げしげしと数回踏みつけた後に、シロはゆらりと後ろを振り返った。
びくり、と桃を拘束していた少年達の肩が跳ねる。
「お前等、三秒だけやる。3・2…」
「ひぃっ!!」
一斉に少年達は桃から手を離して後ろを向くと、一目散に逃げ出した。
少し遅れてシロの足下の少年も慌てて立ち上がり、少年達の後を追って消えた。
それを見送りながら、莫迦じゃねぇのとシロは盛大に溜息をついた。
「莫迦桃苛めて何が楽しいんだか。」
そう呟きながらシロは砂に埋もれられた硝子の欠片を拾った。
「んでもって、お前は何でこんなもン程度で泣きそうになってんだか。」
溜息交じりのその台詞に、びくんと反応した。
ふるふると小刻みに桃の肩が震え出したのを見て、シロはぎょっとして少しだけ焦った。
「桃?」
ほんの少し情けない声の問いかけに、ばっと桃は顔を上げた。
そして、盛大にあっかんベーをして、後ろを振り向いて走り出した。
泣きはじめるかと思っていたシロは思わず面食らい、少しの間をあけてから慌てて桃を呼び止めた。
「お、おい桃?!」
その声に応じて、もう既に随分と開いた距離の向こうで、くるりと桃が振り返った。
「こんなモンなんて、そんなこと言わないでよッ!シロちゃんの莫迦っ!」
それだけ叫ぶと、桃はまた一目散に走り去っていった。
「へ?」
間抜けな声を出して、呆然と桃を見送ってから困ったようにシロは頭を掻いた。
「…アレって、俺がやったヤツ…だよな?」
自分があげたものを、こんなモノと呼んで何が悪いのだろうか。
…事実 あんまり高くなかったものであるし。
僅かながらに自分の頬が紅潮しているのに気付いて、シロは照れ隠し気味に頬をかりかりと掻いた。
幾分そこで立っていたかは解らないが、シロは思い立ったように歩き始めた。
明日、アイツの枕元に、同じ兎の硝子細工を置いておいてやろう。
そう、小さく決意をして。
始まりは、白と紛れているような色だった。
其れに色がついている事すら曖昧な色で。
曖昧な、薄い色で。
でもそれは
確かに、恋の色をしていた。
+戻+
::後書::
かなり古いものにむりやりオチをつけた一品。
…痛い…。
激しく微妙です。(死)