幾ら夢のような望みが叶ったとしても、それでも。
叶ってしまえば、更なる高望みをしてしまうのが人というもので。
「それでね。」
ア イ ゼ ン タ イ チョ ウ ガ ネ
藍染藍染藍染藍染藍染…
一体何度めの台詞なのだろう。自然と眉間に皺が寄ってしまう。
アレは違うんだと自分に言い聞かせてみても、なかなか上手くいかない。
本当に?本当に、アレは違うのか?
そんな気持ちが沸々とわき始める。
その間にも、幾度も幾度も奴の名前が彼女の唇から紡がれる。
もう、聞くに堪えなかった。
「雛森。」
「ふぇっ?」
話を唐突に中断されて、雛森は不思議そうに見上げてきた。
例えば、その唇を何かで塞いでしまえば。
その唇はあの名を紡がないだろうか。
俺の名を紡いでくれるだろうか。
こいつの唇から奴の名前が一度も出なくなる事は無いと解っていても、塞げばせめてもその間にあの名が零れる事は無いだろう。
何もこんなところで、莫迦げた所はやめろと呆れて止めをかける自分が何処かで居たが、既に遅かった。
そっと触れた頬は熱を帯びていて 爪を立てれば跡がつくんだろうなと当たり前の事が頭を過ぎった。
「んっ…!」
驚愕と息苦しさが混じった声に 背筋がゾクリとする。目眩がして 目の前でフラッシュがたかれたように一瞬世界が白くなってからじんわりと色を取り戻し始めた。
するり
微かに入ってきたそれに彼女は必死になって抵抗をした。
けれども舌を舌で押し返そうとするだけで、噛もうとはしない。
それが彼女の返事だった。
「…んっ…ふっ…」
漏れた甘い声に、再びゾクゾクと背中を這い上がる其れを感じる。
呼吸の出来ない、息苦しい、と胸板を叩いて訴えられ唇を離すと、周りの空気をひゅぅと微かに音が鳴る程吸い込んだ。
「っはっ ぁ…っは…!」
荒い呼吸を数回繰り返した後、紅潮した頬をぺちぺちと叩いて潤んだ目で睨んできた。
「ひっ 日番谷君のバカっ!」
そうして君は
俺の名を紡ぐ。
「…なぁ」
ふぇ と律儀に反応する辺りで 向けられた其れが怒りで無い事が分かって 思わず目を細めて笑んだ。
それに安堵するぐらいならば始めからしなければいいんだ、と、今更戻ってきた理性が毒々しげに言ったが、其れを気に掛ける程の余裕は無かった。
「なぁ」
少し潤んだ目が 睨むでもなく見上げている。
その瞳に映るのはただ 自分だけで
「もう一度 して良いか?」
ぱっと一瞬にして彼女の頬は紅色に染まって それを隠すかのように頭を下げた。
やはり嫌われたかなどと 呑気な事を考えていると そっと裾を掴まれた。
「…急に…なんて…しなくったって…」
吃驚する よ と 掠れた声で言われたその台詞の意味を解し損ねそうになった。
つまり其れは 急じゃなければ良いという意味で。
頬が緩むのを感じた。
意外と何でもやってみるものだと 酷く間の抜けた思いが走った。それから そっとその紅色の頬の横の耳で囁いた。
「イタダキマス」
優しく甘い 口付けを。
いくら己の心を戒めても、それでも 願ってしまうのだ
こちらを 向いていて欲しいと。
もう紡がせはしない
俺以外の 名前なんて。
+戻+
::後書::
強欲日番谷。(え…)
ストーリー自体がかなり古。
どれだけ自分に言い聞かせたって そりゃぁ振り向いて欲しいんだよ という話?
付き合ってるのに不安で仕方ない日番谷君。