なんてことない、二人の合図。


 とてとてと歩いていると、ふと彼の姿を見留めた。
 部下がミスでもしたのだろうか。
 土下座もしかねない勢いで、一人の青年が何十回と彼に頭を下げている。

 日番谷も何度か「もういい」と口にしていたが、恐らく眉間の皺のせいだろう、青年は謝る事を止めない。
 よく見られる景色だ。おもわず苦笑する。
 仏頂面の下で、きっと彼もちょっぴり焦っている筈だ。
 不器用な人。

 泳いだ彼の視線が、あたしを捕らえる。
 ぎょっとした顔から、すぐに照れくさそうな顔に変わる。思わずこっちも照れくさくなってしまった。


 彼が、左手で首筋を掻く。

「…ホント気にしてねえから。」

 そう言って、部下の頭をぽむと軽く叩いた。撫でるではなくて叩くあたりが彼らしい。
 クスクス笑っていると、また彼がこちらに視線をやった。何故だか悔しそうな顔。
 彼はもう一度、左手で首筋を掻いた。
 そしてあたしはその合図に返事を返す。

 両手で書類を持ち直し、それで口元を隠して笑う。

(頑張ってね)

(うるせえな、てめェこそその書類早く持っていなくていいのかよ。)

 そんな、二人だけの会話。
 誰にも伝わることのない、二人だけの合図。


 愛しい愛しい、あの人との

 なんてことない、二人の合図。










::後書::

うわー…短ッ!!
ただのバカップルになる罠。