空一面に咲くのは、色とりどりの傘の花
その中に、透明の花が一輪紛れ込んでいた

 その花の持ち主、日番谷はふうと溜息をついた。
 雨は嫌いだと顔にありありと描いてある。
 傘を忘れるという失態を犯した彼は、仕方無しに事務用に置いてある傘を拝借してきた。見上げれば雨が傘に当たり砕けてゆくのがよく見える。


 その傘に吸い込まれるように、一匹の黒い雛が落ちてきた。


 どしん!と勢いのよい音がする。思わずきょとんとした日番谷の目の前に現れた彼女の名を呼ぶ。

「…………ひな、もり?」

「…エヘへ。」

 何がエヘへなのか、ごまかすように彼女はしたを軽く出した。
 空から降ってきただけでも驚くのに、何故だか彼女はドロだらけの擦り傷だらけだ。
 あきれて物も言えないとはまさにこの事だ、と日番谷は思った。

 まったくもって世話の焼ける奴だ。

「莫迦。」

 ぐうの音も出ずにうつむく彼女の腕を取る。
 日番谷はその腕をぐいと引っ張り立ち上がらせると、傘を彼女の上へと移動させた。
 雛森はぎょっとして、慌てて傘から出ようとしたが、日番谷は一向に腕を離さない。

「日番谷君、いいよ…!びしょぬれだし、別に傘なくっても…」

「黙ってろ。」

 機嫌の悪そうな日番谷の一声に肩を竦め、雛森は申し訳そうな顔をしてから静かに傘の中に収まった。
 彼の肩が僅かながらに濡れ初めているのが気になって仕方無いのか、チラチラと目をやっている。

「…何やってたんだよ。」

 呆れた声にしょんぼりとしながら雛森は自分の足を見た。

「…えと、あの…ね。」

 言いづらそうな顔をする雛森の横顔を、日番谷はじっと見つめた。
 先を促す視線に負けて、雛森はぽそりと呟くような声を出した。


「鳥の巣がね、おっこちそうだったの…。」


 日番谷がそっと手を持ち上げたの感じ、雛森は殆ど条件反射で目を瞑った。
 その手は彼女の髪を、ぐしゃりと掻き上げた。
 雛森はきょとんとして目を開く。

「日番谷君?」

 彼女が日番谷の方を向くのとほぼ同時に、彼は雛森から顔を逸らした。

「…莫迦。」

「え」

 雛森は、本日二度目のその台詞に些かショックを受けた顔をしたが、日番谷は構う事なく言葉を続けた。

「でも、お前らしいな。」

 唐突に彼の口から飛び出た台詞を一瞬理解できず、雛森は彼の顔を凝視した。
 振り向いた日番谷と目が合う。彼女の頬が少しだけ紅潮した。


「…それで木から落ちる間抜けっぷりもな。」


 予想外の台詞に面食らった後、雛森はまるでリスのようにぷくぅと頬を膨らませた。

「ひっどぉいっ!!」

 あのねえ、と言葉を続けた雛森の口が唐突に閉ざされた。
 ぐいと強く裾を引かれ、日番谷は彼女が凝視している方向へと目をやった。


 そこにあったのは、世界にかかる虹だった。


 何時の間に雨が止んでいたのだろうか。
 瞬間言葉を失うほど見事にその大きな虹はかかっていた。
 綺麗という言葉すらちっぽけで似合わないように聞こえる。

「…凄いね」

 雛森は絞り出した声でそう呟いた。

「…ああ。」

 いつの時代かの神との約束は、煌びやかに光を受けて輝いていた。








オーバーザ・レインボウ

それは

虹を越えて歩む者の歌。









::後書::
苦しい作品の一つ…。orz
正直全く虹が関係無い気がします;;