薄っぺらい空が、僕を押しつぶそうと迫ってくる。





 みぃん、みぃん、と蝉が鳴く。

 大の字に寝転んで、両足を縁側の外へ投げ出す。
 影の中に入ってりゃいいのだが、これが一番楽なのだから仕方なかった。

(…暑い。)

 茹だるような暑さの中、当たり前の事を心で呟いた。
 蝉がステレオで耳障りな音を奏でる中、太陽がさり気無く肌をじりじりと焼いている。氷が入っていたはずのコップの中に残るのは液体だけ。ああ、自分も溶けてしまいそう。
 煩い。煩すぎる。少しでいいから静かにしてくれと訴えても、祈りむなしく蝉は鳴きつづける。

 みぃん、みぃん、と蝉が鳴く。

 畜生、蝉も溶けてしまえと恐ろしいことを考える。
 どちらが使いっ走りするかどうかのじゃんけんを行い、三回戦中三回勝利したのが五分ほど前だ。
 思いっきり顔を顰めて、そして頬を膨らませて買い物に出かけていった彼女はまだ帰ってこない。

 実際は人が多ければ多いほど息苦しく感じるくせに、誰もいないとそれもそれで息苦しいと我侭なことを考える。
 早く帰ってこないだろうか。帰って来い。そう念じた時、扉ががらりと開けられた。

「ただいまあ〜」

 ちょっと間の抜けた声。
 どことなく安堵感を覚えながら上半身をおこした。

「おまたせ。」

 ビニール袋を持ち上げてにこっと汗だくで笑う彼女はやはり涼しかった。
 がさがさと彼女が袋を探るのをじっと見つめている。
 ぽい、とカップアイスがこちらに寄越された。

「この暑さの中、お店まで走るの大変だったんだからね。」

 ちょっと拗ねた顔。
 この瀞霊廷内にも、一般的にコンビニと呼ばれるようなものはある。が、どちらかというと売店に近い形で、あまり種類があるわけでもない。
 それに対して、瀞霊廷の外側の近場に大きめの店がある。あそこまで走ってきて五分では、いいタイムだ。

「お前が悪いんだろ、ジャンケンに負けるから。」

 べり、と蓋を開けると、結構溶けかけていた。あの速さでこれなのだから、恐ろしいことこの上ない。

「日番谷君の注文が細かいのがいけないんだよ。」

 そう笑いを堪えて作ったふくれっつらで言いながら、彼女も自分のお気に入りの棒アイスの袋をぴりぴりと破いて剥した。
 相変わらず彼女は本当に幸せそうに何かを食べる。

「これしか食べれねえんだから仕方無いだろ。」

 食べれないものより、食べれるものを数えた方がいい自分とは大違いである。
 相変わらず洋食系はてんでダメだ。
 彼女はくるりとこちらを向いて、にぃっと笑った。

「好き嫌いはいけませんっ!」

 アイスぐらいいいだろうと反論。
 うふふ、と彼女が笑うと、涼しい風が縁側から吹き入れてきた。風を呼ぶ女。

 みぃん、みぃん、と蝉が鳴く。
 ちりん、ちりん、と風鈴が鳴く。

 夏は嫌いだ。
 冬が好きというわけではないが、寒いほうがまだ耐えられる。
 でも、彼女は夏のほうがキラキラ輝いて見える。どんな炎天下であろうとも、子供とはしゃぎ回っている。
 …とはいっても、その彼女ですら少しぐったりしているのだから、やっぱり今日は異常気象だろう。

「暑いねえ。」

 ぽそりと彼女が呟いた。

「暑いな。」

 こちらもぽそりと呟き返した。




 みぃん、みぃん、と蝉が鳴く。




 ありふれた日常の中に、確かに君がいるというありふれた幸せを探している。
 きっとこれからも。









::後書::

ありえないくらい日常的なものが書きたかったのです。
案の定日番谷君が四六時中雛森にベタ惚れの作品になりました…orz
リハビリ品です;;