お前は何時だって 誰かの為に罪を背負う。
 誰かの十字架を背負って 引きずってサレコウベの丘を登るんだ。

 その丘を登りきった後に 何があるかを知りながら。




 まだ数字の大きい席官だった頃 雛森はよく泣いた。
 虚を討つたびに泣いた。

「泣くな」

 その啜り泣きは止まらない。

「泣くなって」

 お前が泣いたって仕方ないのに 君はまた 彼等の為に涙を流す。

「辛いよ」

 俺は しゃがみ込む雛森を見下ろした。
 泣きながら言った言葉にしては 妙に淀みなくハッキリしていたのが印象的だった。

「辛すぎるよ」

 想いが心を縛り付け
 想う故に相手を喰らおうとする。

「自分が…何を しているかなんて…解って…な…いんだよっ…?」

 愛しい者を傷付けて
 関係の無い人を巻き込んで。

「それなのに…泣けない…なん…て…っ!」

 塵になり消えた虚が以前居た場所に手を触れながら 綺麗な綺麗な涙を流す。無機質なコンクリートの温もりはきっと 彼女を辛くするだけだろうに。

「お前が泣いて どうすんだよ。」

 気付いたらそう呟いていた。
 一瞬彼女の瞳が見開かれてから 細まった。さっきよりも涙が流れる速度が上がった。

「泣かないから。泣けないから。代わに 泣くの。」

「なんで全員の分お前が背負うんだ。」

「誰かが 背負わないといけないから。」

 ならば

 俺がその半分でも代わりに泣けば お前の涙は半分で済むのだろうか?

 そう思って 瞬きを減らした。

 けれども いくら瞳が乾いても 涙は出て来なかった。

「…俺には 出来ないな。」

 そう呟いたのが きっと随分情け無さそうだったのだろう。
 少し吹き出して 彼女は言った。

「良いんだよ。これは あたしの仕事だから。」
「…じゃぁ 俺の仕事は何だってんだよ。」

 また笑う。
 そんなに可笑しい事を俺はしただろうか?

「日番谷君は 戦ってくれればいい。」

 解放の為に。

「お前の涙の代わりになる事はねぇのかよ。」

 思わず口をついて出た台詞に 雛森は妙に大人びた表情で微笑みながら答えた。

「傍に居て。…其れが 一番嬉しい。」

 日番谷君が居るから みんなの代わりに泣けるんだよ。

 そう付け足された台詞に 俺が居なければ泣かないのかと 少し複雑な気持ちになったのを覚えている。






 視点の定まらない状態で机と書類に向かいながら茶を啜り その苦さに目が覚めた。

 …不味い。

 何であんな事を思い出したのか…。否 思い出すというよりも夢に近かったが。

「隊長 不味いなら飲まなくていいです。」
 乱菊の不満げな声に首を傾げた。

「声に出してたか?」

 そう言うと キレ気味な声が即答で返ってきた。
「いいえ 表情に。」
「こんだけ俺は仕事に囲まれてんだ 美味い茶ぐらい煎れろ。」
 珍しくも隊長のみの書類が多く 副隊長の仕事は殆ど無いのだ。

「煎れてもらったらどうです。」
「誰に。」
「そこの襖の向こうで立ってる五番隊副官さん。」

 ごふっ と 茶を吹きだした。

 ばたばたと あっという間に書類に茶の色が付く。
 書き直しだ。そう溜息をつきながら雛森を呼び入れた。せめても彼女に美味い茶を煎れてもらおう。








 出来るなら その罪を俺が背負いたいけれど きっとそれは出来ない。

 だから せめても

 その十字架が重いならば 代わりに背負ってやれるように。

 例え歩く道がサレコウベの丘へ続く道だとしても

 例え

 その先にあるのが お前の死だとしても

 俺はお前の代わりに 十字架を背負って進もう。

 死の贖罪をするのは お前だとしても。

















::後書::

キリスト教背景解説

髑髏(サレコウベ)の丘:イエス・キリストが十字架につけられた場所。

イエスは 己が磔(はりつけ)にされる「十字架」を背負って
その丘をのぼったとされています。
途中で倒れて 傍に居た地位の低い人が代わりに途中まで背負わされた
とも言われています。(別説では弟子が背負ったとも言われています)

イエスは 人々が生まれながらに持った「罪」を洗い流す為(=贖罪)
全ての人の罪を背負って死んだ と言われています。