「…なぁ 松本。」
「はい?」
 一本の薔薇で手遊びする日番谷に呼び止められ 松本は書類に向けていた視線を彼へと向けた。

「…薔薇って 美味いのか?」
「……。」
 普通の人ならしない質問に 驚きもせず 松本は少し考えてから答えを返した。

「あたしは個人的にクチナシと向日葵の方が好きですけど まぁ 調理法によっては結構。」
 特に返事を期待していなかった日番谷は少し驚いた表情をしてから そうかと答えた。

「食べてみます?」
 調理しますよ。そう松本は付け加えたが 日番谷は首を振った。

 そういえば花なんて随分食べてないわね と松本はぼぅっと思った。流魂街に居た時は 殆ど主食に近かったというのに。

 真っ赤な花弁を 日番谷はつまらなさそうに弄んだ。

「…紅い花は嫌いですね あたし。」
「…俺もだ。」

 ぴり と花弁を少しちぎって口の中に放り込んだ。少し苦みのある 味ともつかない味が口内に広がった。くるくると回していると 微かな痛みと共に人差し指から小さく血が垂れ始めた。
「…イテ。」
 感慨もなく呟いてそれを舐め取る。


 狂いたい

 紅い薔薇を見ながら異様な想いが首を擡げ始めた。

 紅い想いが全てを支配した世界で狂いたい。そうすれば この心を占め そして締める想いも 少しは軽くなるかもしれない。
 いっそのこと 狂ってしまえば。

 何も解らなくなる程 紅一色の世界で狂いたい。
 紅以外の 何も無い世界で。


 ぽん。


 可愛らしい音がして 紅かった視界に淡いピンクが唐突に混じった。

 花。

 小さい花だった。
 相当の間抜け面をしていたのだろう。見上げるとそこに居た雛森が可笑しそうに笑った。

「えへへっ 吃驚したっ?手品 隊員に教えてもらったんだ!」
 凄いでしょう と自慢げに話し出す雛森を 反応も返せずにただ見つめていた。

 紅だけの世界
 君も居ない?

「…それは少し嫌だな」
「ふぇ?」
 唐突な日番谷の独り言に 雛森は首を傾げてきょとんとした顔をした。

「いや こっちの話。」
「変な日番谷君。」
 くすくすと笑う彼女を見ながら やっぱりこっちで良い などと独りよがりな答えを出した。

「雛森」
「なぁに?」
「やる。」

 ポンと再び可愛らしい音がした。それと共に出てきた大量の薔薇に 雛森は一度瞬きをした。

「えーっ 何で出来るの日番谷君っ?!」
 薔薇云々よりも 日番谷がその手品を出来る事に驚きながら雛森はその花束を抱えた。
「一度見れば覚える。」
「うっそだー!あたし 一杯練習したのに!」
 日番谷君ずるい と頬を膨らませる彼女に 実力だ と笑いながら日番谷は返した。


 紅い世界で唯一 僕を繋ぎ止めてくれる君に


 紅い 紅い 薔薇を。


 この薔薇を 君に。