捏造 日番谷と雛森の現世時代。
何でも許せる方のみどうぞ。
現世に居た時
俺は
一度だけ
恋をした。
目の前に現れた朧気な其のものを 人と判断するのには時間が少しかかった。
多分幽霊だろうな とぼうっと思った。
自信は無かったが 俺に近づいてくるのは浮遊霊ぐらいだ。霊感は強く 人と霊の判断はつかなかった。時折怪物に襲われたりとかもした。だから 死神の存在ももう知っていた。
死んだら消えるのではなく あの死神の居る世界に行くということも。
あまり嬉しくなかった。アイツらは偉そうにぺちゃくちゃ喋りたくっていたからだ。けれども 嫌いという程では無かった。少なくとも元 人だった奴なのに この異様な髪に怯えなかったから。向こうの世界には幾人か異様の髪の色をした者は居るそうだ。
だから
死を 普通に覚悟していた。
「大丈夫っ?!」
こちらに向かって彼女が声をかけてきた時は驚いた。霊は基本的に『向こう側からは見えていない』と思いこむ傾向が強いからだ。もしかしてコイツ 生きているのだろうか…?
そんな予想が心を過ぎったが そうとは思えなかった。生きてるヤツが この髪の色に この瞳の色に怯えない筈がない。
「酷い血っ…!」
彼女がそう言ってから額を流れる血の存在を思い出した。何時も流血しているので あまり気にならなくなっていた。確か今日のは 先に出会った少年達が投げてきた石で切ったんだと思う。
「何で」
考えるより先に口が動いていた。
「何で 怖がんねぇんだよ…?」
理解出来ないのか きょとんとした顔をした。それが何故か異様に腹立たしく 声を荒げた。
「バケモノだぞ俺は!人間じゃないんだ!近づくな!」
「何で?」
すらりと返事が返って来た事と その返事の内容に拍子抜けする。
「何で?どうして?」
「何でって…どう見たって…」
人じゃないだろう。そう言おうとしたのだけれども 思ったより自分でその言葉を言うのは辛かった。思わず言葉が詰まった俺を余所に 彼女は額の切れた部分をハンカチで拭った。
「人間じゃなかったら 怖がらないといけないの?」
それだったら 猫とか 鳥とかも怖がらないとだね と 莫迦にするのでもなくにこりと笑った。
唐突に左手を差し出してきて その手を開いた。其処にあった花の名前を知るわけもない。唯一知っている花といえば 桜ぐらいだ。教えてくれる人が居ないからだが 知っておけばよかったと何故か後悔した。
「あげるね。」
あたしの好きな花なんだ と 聞いてもいないのに彼女は笑顔で言った。何故だか余計 知っておけばよかったと思った。振り払おうとしたのに 気付いたらその花は自分の手の中にあった。
「これで 友達。」
その笑顔に
多分
俺は 恋をしたのだと思う。
何を言えばいいのか解らなかった。独学で本を読む程度だったので 語彙が少ない事に苛つきを覚え 悔しかった。それでも何か言おうと 口を開いた。
唐突に 鉄の味が口内に広がった。
「…え…?」
その声が 自分の声なのか彼女の声なのかも解らなかった。
ぬるりと 良く知った感触が頬に垂れた。
「…っぁ…」
がくりと 目の前で彼女は膝をついた。白く 可愛らしい花が描かれた着物に 赤が染み渡ってゆくのを見つめて 頬が固まるのを感じた。
遠くの草陰で声が聞こえた。
「早く!あの子の魂が喰われる前に解放を … !」
火縄銃から 煙がたった。
ざわりと 草木が揺れたのを感じた。
「…何…で…。」
彼女は口から出た血を拭う事もせずに 煙の方を真っ直ぐに見つめた。生きていた。そういう安堵と同時に ばたばたと彼女の膝下に溜まる血の溜まりに 彼女の死を予感した。
「何で…バケモノなんて言えるの…?」
初めてだった。
俺に寄ってきた人間も
友達なんて言い出した奴も
俺のために 怒る奴も。
「あなた達の方が 何百倍もバケモノよっ!」
其処まで叫んで 彼女は倒れ込んだ。目の前が 真っ白とも真っ黒とも真っ赤ともつかぬ 変な色一色に塗りつぶされた。
「殺したのは」
煙の位置が揺らいだ。
「どいつだ。」
煙は徐々に力を失って 色を薄めてゆく。
「聞こえねェのか!こいつを殺したのは何奴だって聞いてんだよっ!」
火縄銃を構える音がした。
一人
たった一人の腹にだけ 拳が当たった。
殺してやるには 少しだけ力の足りない拳が当たった。
殺してやる
全部 殺してやる
そう 拳を握りなおした瞬間 背中に衝撃と熱さが同時に着いた。
痛いという思いより 彼奴にこんな痛みを感じさせたのかという思いの方が強かった。
許せない
許せないのに 拳に 足に 力が入らない。
左目からだけ 涙が溢れた。左目はぼやけて何も見えなかったけれども 右目ではしっかりと周りを見渡せた。
怯える表情が 勝ったと嗤う表情が 全てが
彼奴と同じ『人間』のものなのかと思うと 嫌悪が募った。
何故
何故
何故
「ちっくしょぉっ…!」
強くなりたいと薄れる意識の中思った。
強くなって 強くなって
彼奴の 仇でも何でも 討てるようになりたいと。
そうして 最後に 朧気に
向こうで会えるかな
そう 思い願った。
今生の出会いと別れは 同時に来てしまったけれども
向こうの出会いは早く
別れが ずっと ずっとと遠くでありますよう。 と。
+戻+
::後書::
これってもしかしてパラレルに置くべき?(汗)