唄を、聞こうか。
世界が埋め尽くされるとしたら、一体何だろう。色の次に、きっと、音だと思う。
それは最もお手軽で簡易だ。世界中の全ての人が、大声で叫べばいい。そうすれば世界は音に埋め尽くされる。
例え大草原に誰も居なくても、小鳥が、蟲が、音を奏で続ける。
誰かが今も、叫びつづけている。
「お前に聞えるか?」
ゆらりと立ち上がった奴から響いた低い声。血が噴出した肩を庇うようにしながらも、ゆっくりとこちらに向かってくる。
不謹慎にも、ああ、ちょっといい声だなと思う。響き渡る、いい声だ。
「大地の声が」
嗚呼、こいつは優しい虚なのだ。
つい、思ってはいけないことを思ってしまった。
「この悲鳴が!」
うわんと響いたその音は攻撃と化して襲い掛かる。
人が傷つけた大地に涙し、そして己もその人の一人であることに絶望した男。
大地を愛す優しさゆえに、心を無くした人。
しかし、人を殺めることなど許されない。
「聞えねぇな。」
虚は、体を震わした。絶望を体中で奏でた。
しゃらん、と日番谷の刃先が鳴る。それは信念の刃。それが誓いの刃。
「俺が聞えるのは、てめェのなくした部分が泣いてる悲鳴だけさ。」
にやりと笑うと、虚の動きがぴたりと止まった。
「煩い。」
感情の欠落した声が響く。
しかし、その台詞を無視して言葉を繋げる。
「お前の、悲鳴がな。」
「煩いっ!!!」
声が、悲しみと怒りの声が、木々を揺らす。
思わず肩を竦めるほどの大声に顔を顰めるが、構えを崩しはしなかった。
「話ならもういいだろ。」
ぜぃはぁと肩で息をする虚の体力はもう、残っていなかった。
「安心しろ、お前の罪は全部俺が洗い流してやるから」
虚の瞳が揺らぐのを、彼は見てしまった。
目を瞑って振り下ろされたその刃を、虚は逸らさずに見つめていた。
ぱきん
聞きなれた音に、目を開く。
男の素顔が少しだけ垣間見えた。ほっそりとして、悲しげな目をしていた。
虚の強さ、それは即ち想いの強さであり、罪の重さ。
死神が強いということは、それだけ流せる罪の量が多いということ。
どすっと地面に刀を突き刺す。
柔らかいその土は、確かに彼が愛した土だった。
目を瞑る。
瞑想は三秒。それ以上も、それ以下もない。
耳に聞える悲鳴だけを、せめても記憶に刻み付ける。
確かに何かを心より愛していた、彼らの唄声を。
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