酷く寒い日の夜だった。

(嗚呼、胸糞悪い。)

 日番谷は小さく心の中で舌打ちした。
 小さな体を張って、黒髪のその少年は日番谷を睨みつけた。
 彼のうしろには、更に小さな白髪の少女が目に涙を溜めて佇んでいた。

「来んな、死神。」

 深く刻まれた眉間の皺は、どうしても自分の影を被せさせる。

「どけ、ガキ」

 低くドスの効いた声で日番谷は云うが、少年は鼻で笑うようにしてあしらった。

「やだね。」

 苛々と日番谷は爪で刀の柄を弾いた。己の身長の低さを憎む。このような時にまで嘗められ、そして其れゆえに被害が増大する。
 どうしようもない非力感と焦燥感。

「気付かねェのか!」

「煩い」

 彼はもう、耳を貸す気など一切無いのだろう。しかし、おそらく彼も、きっと何処かで気付いてるのだ。
 その上で事実から目を逸らす事がどれほど愚かなことかと思ったが、やり場の無い怒りをぶつける宛て知らなかった。
 冷たい風が、幾度も幾度も頬を刺す。

「そいつは、もう…」

 にやり、と少女が笑んだ。
 しまった。そう思ったときには数秒遅かった。

「危ない!!」

 ドスリ、と少年の胸に穴が空いた。
 彼の口から、ドス黒い赤色の液体が出た。



 だから、厭なんだ。



 ギリ、と下唇をかみ締めた。
 その場を動くことなく、刀を肩から下ろす。そして一連の流れでしゃらりと其れを抜く。

「ハッ、斬るのか?」

 心底楽しそうに少女は言った。目が白と黒が反転しているのは、すでにもう手遅れの印だった。
 ハハ、と笑い始めた少女の笑い声は、不自然に途切れた。
 少年の其れよりももっと美しき鮮血が、火花がはじけるように飛び散った。

 倒れた少年の頬に、其れが飛び散った。

 開ききらない瞼を震わせて、少年は何かを呟いた。恐らくは、少女の名前を。

「…斬るさ。てめェを見てたら、吐き気がするんでな。」

 そう云って日番谷は、自らの頬の血を無作法にふきとった。

「…コ」

 スー、ハーと掠れた息で、少年は血の海に伏せる少女に手を伸ばした。
 少年の黒い血と、少女の鮮血が混じり、渦を巻く。

「…ッコ…チ…コォ…」

 ボロボロと、透明の涙が零れ落ち、そして血に混ざる。

「チコ…チコォ…」

 日番谷は静かに彼を見下ろして、そして呟いた。

「…罵れ、恨め。…そして強くなれ。」

 羽織を翻し、日番谷は歩を進めた。そのうちに四番隊が到着するであろう。
 後ろで、彼は未だに彼女の名を零していた。

 己の凍える指先を握り締めても、ぬくもりはよみがえってこなかった。


 ありがとうねって、君が泣いた
 ごめんねって、君が笑った。










::後書::

チコって、木の実を思い出しますな…。