「せやったら…しゃぁないわなァ…。」
異常な程に落ち着いたその声は冷気の冷たさで纏わりつき 喉元を締め付けた。
呼吸が 上手く出来ない。
男の笑みが深くなるたびに 不安が煽られる。
彼は 老いた父の代わりに殆ど政治を仕切っているといっても過言ではない。
けれども 彼が職についてから今まで あまり良い人と感じたことは少なかった。
まるで口が裂けてしまいそうな程 男は笑みを深くして 鋭いナイフのような台詞を心臓に突き刺してきた。
「式までにそのコ 殺さななァ…?」
言い表す事の出来ない威圧感に 足が震え始めたのがわかった。
立っていられない。
ヒュッと音をたてて 空気が浅く喉を通った。
「忘れたらアカンで?あんさんは」
そこで言葉を区切り 男は言葉に更なる重圧を上乗せした。
「あんさんは この国の王女やねんから。」
逃れることの出来ない 束縛の台詞だった。
「国の為や。…契りなんて そんなもん無かった事にすればええ。見てたヤツもおらへん。……そやろ?」
否定することなど出来る筈もなかった。
男の戦略を使えば 恐らく造作もなく彼は殺されるだろうし 何よりその束縛の言葉を跳ね除ける事が出来なかった。
国民の「命」を預かっている身なのだ。…出来る わけがない。
あの人が死ぬなんてイヤ。
大切な国民を殺すなんてイヤ。
選択肢は 初めから一つしか用意されていなかったことに今更ながらに気が付いて 涙が出てきそうになった。
それをぐっと堪えて 震える声を絞り出した。
「…なま…えを。」
地面を睨みつけながら 台詞を紡いだ。
掠れた声が情けなくて 余計に涙が出てきそうだった。
「…名前を…教えて…くだされば。」
出た声は裏返った。
悔しい。悔しい。その言葉ばかりが脳内に反響していた。
あたしの決意なんて
こんなものなのだろうか。
初めて 貫こうと思った決意ですら
こんなにも容易く崩れ去るのか。
悔しさで胸が焼けそうだった。
搾り出す声に 喉が焼けそうだった。
「…諦め…ま…す」
「日番谷冬獅郎」
男の淡白な台詞に間など無かった。
どくん、と 心臓の中に流れ込んでくる名だった。
ばっと顔をあげれば 男はニヤリと笑った。
「…満足したかいな?」
男は手にもっていたカードをあたしの足元にゆくように投げた。
滑ってきたそのカードをしゃがんで拾おうとした指は ガタガタと震えていた。
嗚呼。
嗚呼。
顔写真とナンバーと 詳細と。
…そして 名前が書かれたそのカードを拾い上げて 何も迷うことなくその写真に口付けを落とした。
嗚呼 嗚呼。
心が締め付けられるよう。
先刻まで共に手をとっていたはずの人。
急に遠くへと行ってしまった人。
悲しい目をした
優しい目をした
運命の 人。
ぽろり と涙が落ちた。
「−……はい。」
掠れた声で 満足です と付け足した。
ざわりと 周りに居た祭司達や兵達がざわめくのが聞こえた。けれども そんなものは耳に入らなかった。
くい、と顎を上げて 男を見据えた。
もう 迷わない。
「イヅル様にお伝えください。」
決意すべきことが間違っていたことを しみじみと感じた。
私が決意すべきことは 彼の隣に居る事じゃない。
「雛森桃は 来週末に貴方様の元へと馳せんじます。」
あたしがすべきことは 彼を殺さないこと。
ただ、それだけ。
にっ、と男が笑った。先ほどよりも幾分頬が硬い印象を受けたが それでも冷たい笑みだった。
「了解しましたわ。」
けれども もうそんなこと関係無かった。
大丈夫。
もう大丈夫。
あの人を 思いつづける自信が漲ってくる。
右手でぎゅっとカードを握り締めて 左手でスカートの端を持ち上げ礼をした。
「それでは、失礼します。」
やつれた父が 全てを見透かした目で微笑んだ。
+『You will kill me.』+
+戻+
::後書::
長め…なのかな?
結局ギンさんが法的にどーゆー立場に立ってるのか曖昧なままでごめんなさい;
パパって誰なんだろ…。
さぁ ラストまで駆け上がりますよー!
あなたの名前は何ですか?