006.卒業

「あっという間だったねぇ…。」
「あー 俺は3年しか居ないしな。」
「うわ 嫌味くさいー!」
 飛び級なんてずるい と口を尖らす雛森に 日番谷は実力実力と笑いを堪えながら言った。

 入学の時に隣に居なかった筈の人は
 今 卒業の時隣に居る。

「…これから…入るんだね…。」

 護挺 に。

 そう呟いた雛森に 日番谷は当たり前だろうと返した。
 隊服を抱きかかえる彼女の腕が少し震えた。

「…もう 置いていかせねぇからな。」

 そう 微かに呟いた言葉を拾えずに 雛森が振り返って首を傾げた。

「日番谷君 何か言った?」
「何も?」

 肩を竦めて笑って 彼女よりも一歩先に門から出た。


 もう
 俺は 置いていかれたり してやんねぇ。

 今度は俺が 追い抜く番。


007.事情

「テメェの事情なんざ知ったこっちゃねぇんだよ。」
 一蹴されて 雛森は小さく呻くしかなかった。
「だ だからね 日番谷君。」
「い い か ら 今すぐ来いっ!」
「ぅぅ…。」
 がちゃん と 内線専用の電話を切る。

「いいよ 行って来なさい。」
「で でも藍染隊長っ…!」
「大丈夫 今度日番谷君にも手伝って貰えばいいだけだから。」
 じゃぁ御言葉に甘えて と行って ぺこりと頭を下げて走り出す。

「莫迦雛森。」
「なに子供っぽいことやってるんですか 隊長。大人げないですよ。」
「うるせぇ。」
「重傷ですね。大丈夫ですか?」
 松本に反論する気も失せて 黙って薬を飲み干す。

「苦い。」
「子供みたいなこと言わないで下さい。」
「……テメェ なんか今日酷くねぇか?」
「さぁ?いつもの仕返しじゃないですか?」

 ふらふらとした足取りで自室に戻り 布団に潜り込む。

 たたたと音がして 雛森の霊圧が近づいてくる。
 むすぅとした 拗ねた声が振ってくる。
「莫迦日番谷君。」
「うるせぇ 莫迦桃。」


 看病ってのは 好きな奴にしてもらうに限るって 言うだろう?



008.名前を呼んで

「何で。」
「いいから。」
 不満げに頬をふくらませる彼女の瞳は とろんとしているが 口調は強く。
 言わないと 一生背中から離れてくれないだろう。
「とりあえず この手をはなせ。」
 首の前でしっかりと結ばれている手を軽く叩く。

 けれど そんなのは酔っぱらいには聞くわけがない。

「呼んで。」
「……。」
「なんで 呼んでくれないの?」
「……あのなぁ。」
「シロちゃんの 意地悪っ…!どうせ私なんか嫌いなんだー…っ!」
「え おい ちょっと待て 雛森サーン?」
 耳の後ろで泣き出す。

 髪の毛がくすぐったい。

 呼ばない理由などないのだけれど。
 我慢戦で勝てるわけがないと 小さく溜息。

「桃。」

「これでいいんだろ?…おい?」
 反応がない。

 しゅるり と首もとの手がほどけたかとおもうと 小さな寝息が聞こえてくる。

「…おい。」

 何度目かもわからない
 溜息 ひとつ。

 好きな人に 名前で呼んで欲しい。そんな風に考えるのは 我が侭ですか?



009.はじめての日

 初めての その感触は
 酷く 気持ちが悪くて
 酷く

 吐きそう だった。

「…日番谷君。」

 お帰り。
 寮に帰った俺に そう寂しそうに笑って言った彼女が酷く印象的で。

 色んなヤツが 吐いてた。

 その音もこびり付いて気分が悪かった。

 彼女も同じ経験をしたのだと思うと 酷く無力感に駆られて



 とてつもなく 自分を無力に感じた。

 これから ずっと
 彼女も自分も この感触とずっと生きてゆくのだ。

 ずっと ずっと


 虚を 斬って。


010.生まれる前

 死んでから 考えた。
 僕らは 生まれる前何処に居たのだろうと。

 そして 考えた。

 僕らの「生」は どちらなのだろう。


「莫迦雛森。遅刻すっぞ?」
「わ わかってるってば!もう 五月蠅いなぁ!紐が見つかんないのー!」

 現世で生きていた事を「生前」と呼ぶ。
 『生きる、前』と。

 なんとなく、その話に妙に納得した。

 俺は 雛森を守る為に「生まれた」のだ。
 彼女を守る為に「死んだ」のではない。

 この命を彼女に捧げる為に生まれたのだから
 捧げる命を殺してしまうのは可笑しいだろう?

 其れを殺すも生かすも



 彼女、次第なのだから。



 生まれる前に体験した「生」はきっと
 君に出会う前の下準備。










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