071.勝つ!
*現代パラレル桃妊娠中注意
勝つ。
ぎゅっと靴の紐を結び、そう言い残して、彼は玄関を後にした。
彼の背中を見送り、その背中が見えなくなってから、桃は小さく呟いた。
がんばって。
と。
彼の行く手を阻むものは、きっともう無い。
チケットを握りしめる。
だから、私は応援には行かない。
大きくなったお腹を撫でて、桃は彼の背中が消えた坂を、ずっと見守っていた。
絶対、彼はブラウン管の向こうで、あの金色に輝く栄光を手に入れてくるだろう。
072.本日は晴天ナリ
*戦争中パラレル注意
雨さえ降れば。
雨が、相手の視界を奪ってくれる。
そうすれば、土地勘のある方が勝つ。
必然的に、雨は日番谷の勝利を指すだろう。
…否、勝利せずとも、命を落として帰ってくることはない。
彼の強さは雛森が一番知っていた。
相手の銃器さえなければ、絶対に日番谷が勝つのだ。
だから、雨さえ降ってくれれば。
そう、雛森は手を組んで祈った。
「本日は晴天ナリ」
ラジオから、無表情な声が流れ落ちた。
073.前略
*雛森記憶喪失注意
前略、日番谷冬獅郎様へ。
その出だしで始まった手紙を、日番谷は無表情に読んだ。
雛森が藍染に刺され、記憶を失ってから随分経つ。
卯の花がその記憶回復のために提示した治療法のヒトツがこれだった。
手紙を、日番谷に出し続けること。
近状から、思い出したことまでを全て綴る。
何故宛先が日番谷かというと、彼が一番雛森のコトを知っているし、何をどれくらい思い出したのかを推移しやすいからだ。
花の香りがする、と思ったら、押し花の栞が入っていた。
あまりに彼女らしくて、思わず苦笑する。
向日葵のように温かい夏の日差しを感じる文字が踊る。
幸せであるよと、言ってくれている気がした。
五枚に渡る手紙は、最後を迎えようとしていた。
最後の方には、延々と思い出した単語が並べ立てられている。
そこに混ざる、ヒトツの文字。
そこだけ、何度もケシゴムで消されては描き直された跡が残っている。
ちょっと丸っぽい、幼い文字で書かれた、五文字の言葉。
「シロちゃん」
次の瞬間、その文字は滲んでいた。
手紙を持つ手に、微かに力が入った。
074.パジャマ
「あのね」
控えめの、照れた声。
「あぁ」
ぶっきらぼうな、掠れた声。
「…えっとね」
すこし、迷った声。
「うん」
目と目が合う。
「…おやすみ、なさい。」
はにかんだ笑顔。
「…おやすみ。」
不器用な笑顔。
ぱたん、と、締まる襖。
じっとその襖を見つめる碧色の瞳。
(可愛いな、って、言えなかった)
日番谷は溜息混じりに彼女の“ぱじゃま”の柄を思い出しながら、夜酒を一杯煽った。
075.シーツ
*エロ気味(?)注意
甘い甘い、シーツの香り。
真っ白くて汚れの無い其れを握りしめると、皺が寄る。
石鹸の香りがする漆黒の髪。
少し細身の腕。
世界が変わる夜。
僕らは、やっと、確かめ合った。