111.ワイルド

 貪るような
 下手なキス

 獣の交わりのように野性的で
 全てを本能に任せたキス

 キミの顔を見ていたら抑えられなくなってしまいそうで、
 ボクは苦し紛れに眼を瞑った。


112.もしも

 無限大のIfを語るのはもう飽きた。
 もし俺が強ければ
 もしアイツと出会っていなければ
 そんなものは、意味がない。

 お前が今、俺の腕の中に居る。

 それだけが、事実だから。

 大好きだよ。そう囁くお前の声は甘くて綺麗だった。


113.毒

 例えば、この毒を飲めばあの人を忘れられると言われれば
 きっと、お前はその薬瓶を割るだろう。
 お前は、そういう人間だ。

 髪を撫でるとサラサラと指はその髪を通り抜けた。

(眼を開けてくれ)

 数ヶ月までは一度もした事の無かった、八十七回目の神頼みだった。


114.店

※現代大学生パラレル


 扉につけられた小さな鐘が音を立てる。
 今時、と思う程古風でごじんまりとしたこの喫茶店でバイトを初めてから五ヶ月。
 大した給料でもないけれど、ここを離れる気は起きなかった。出来るならば子供の居ないマスターの次は自分がここを継ぎたいと思っている程だ。
 マスターも多少はその気があるらしく、人に店をまかせっきりにして勝手に一人旅なんかにふらりと出ることが多い。
 今日はマスターがふらりと出ていってから五日目だ。連絡はとれているから、生きてはいるんだろう。
 外は強い雨が降っていた。

「開店までは未だだぞ」

 開店前の物思いを遮られて、多少苛々しながら扉に目を向けた。
 其処に立っているびしょ濡れの女性は少し首を傾げて申し訳なさそうに笑った。
 大学の同期だった人だった。よく隣の席になったのでいくらか記憶に残っている。
 着色料の無い声を出す事で印象的だった。けれど、名前が思い出せない。
 この季節にはあまりにも酷い濡れ方が多少なりと可哀想になってきた。

「…タオル、持ってくる。」

 そう店の奥にひっこもうとすると、彼女が呼び止めた。

「いいんです。それより、お願いがあるんです。」

 昔と同じく、他の女とは違う自然の…果物のような甘さのする声だった。
 その台詞を無視して奥へ入ってタオルを取って戻ってくる。
 帰ってきた時、彼女は少し困ったような顔をしていた。

「で、何」

 あ、桃かもしれない。と思った。桃の甘みに似ている。水に溶けた砂糖と違う甘さ。
 うん。桃だと、妙に納得する。

「あたしと、付き合ってください。」

 中途半端に投げられたタオルは誰にも捕らえられず、カウンターの上に落ちた。


115.楽園

 お前が居れば、それだけで世界は楽園。

 ついばむようなキスをして

 この時間だけ
 夜の間だけ

 二人の世界に、溺れさせて。










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