156.雪
「…味、ないね。」
そんな当たり前の第一声。
一度やってみたかったのと、いきなり雛森が雪にかぶりついたのが三秒前。
「莫迦だろ、お前。」
思わずそう呟きたくもなる。
ええーと頬を膨らませてから、また餅のようにふにゃりと笑う。
ぺったん、ぺったんと搗くことが出来そうな頬っぺた。
雪より白い笑顔。
寒さにブツブツと文句を言っていると、いつのまにか目の前に歪な雪球が二つ重ねられていた。
「ゆきだるま!」
雪を溶かす、満足げな笑顔。
…全てが、俺を狂わす要因だ。
157.熱帯夜
俺を狂わすような、眠れない夜。
脳内に響くあざけるような笑い声。
ぐる、ぐる、ぐる
巡るアイツの笑顔を忘れようと枕に顔を押し付けたけれども、息苦しくなっただけで全く改善しなかった。
ぐる、ぐる、ぐる
安らかな眠りにつけるのは一体何時だろうか。
ぐったりと時計に目をやれば、既に三時を差していた。
158.秋
はらはらと舞い落ちる紅の葉が、もうすぐ秋が終わり冬がやってくることを高らかに歌っている。
こちらとしては迷惑千番だ。出来るなら、秋か春のまま止っていてもらいたい。
寒さを敏感に感じ取って、そそくさと冷たくなりはじめている手を擦り合わせながら、そんな身勝手なことを考えた。
ふと目をやった先に、キャッキャとはしゃぐピンクと黒の二つの頭を見留めた。
「…雛森。」
思わず呆れ声がでてしまうのも仕方が無いというものだろう。
草鹿と二人して、借りにも副隊長で、借りにも百程は秋を見ている彼女達は何故毎年こうも楽しめるのだろうか。不思議なことこの上無い。
そんな思考をしていると、気付けば隣に浮竹が立っていた。
「平和だねえ。」
廊下に茶というアンバランスな格好を気にもせずに湯のみで手を温めれる男に、今回ばかりは強く同意を示してしまった。
159.海
※大学生パラレル
海に行こう。
そう誘われたはいいけれども、指定されたのはドライブなんて想像をするよりはおそらく真っ先に海水浴を思い出すであろう海岸の名前。
ひっくり返した家の中を見まわして、半端なく大きな溜息を一つついた。
続けて慌てて吸う。溜息をつくと幸せが逃げるそうだから、逃げる前に捕まえておかなければいけない、なんて莫迦な迷信だが、昔から冗談でやっていたらもう癖になってしまった。習慣というのは恐ろしいものである。
と、まあ、そんな話はさておいて、頭目の問題に頭を悩ます。
目の前に並べられたのは、中学校の青の名前を描いた布が縫いこまれたスクール水着や、高校の似たり寄ったりなスクール水着が一着ずつ。
そして、明らかに一つ浮いているピンクと赤の花が入り混じったビキニ。
あたしは今、恐ろしい選択に迫られている。
学生時代のスクール水着でスタイルが進化していないことを知らしめるか、恥を捨ててビキニを着て開き直るか。正直前者も十分恥ずかしい。
この、あたしが持ちえる筈もないビキニは、スタイル抜群の姉からのお下がりだ。
小さくなったから、の一言で彼女が中学三年生の頃に頂戴したそれは、今もなお綺麗に保存されている。
もちろん小さくなったのは下のサイズではなく、上のサイズだ。大学生にもなって姉の中学時代の水着が一番水着らしいとは、かなり泣ける。
どうしたものかと迷った末に、あたしはぐちゃぐちゃの部屋をそのままにベットの上にダイブし、携帯のディスプレイを覗き込んだ。
友達のメールの着信があり、開いてみる。
あたしの気になるあの子も来るとの連絡事項と、頑張れの顔文字。
自分の胸とおなかとお尻の出具合を、そろそろと確認してみる。…結局、どちらにしろ恥をかく覚悟は要るらしい。
160.深
溺れてしまいそうな程、深い接吻を交わす。
とろり、とろり。
どろり、どろり。
苦しくなって、彼女が胸板を叩く。それでやっと離してやる。
ほんの少し、荒い息が響く。少し整ってきたら、またすぐに唇を塞ぐ。
忘れさせてあげるから
全てを
埋め尽くして、あげるから。
ダカライイ加減、俺ヲ見ロヨ。