226.虹
「虹!虹ー!!」
きゃあきゃあと叫ぶ雛森に呆れながら、日番谷は彼女の指す空に視線を動かした。
なるほど、ここまではっきりと見えることも珍しい。
しかし、あまりにも虹が近いせいか、虹の根元が最後に消えているところまで見える。
雛森が少し寂しそうな顔で、苦笑いをする彼をみつめていた。
「綺麗じゃなあい?」
「ああ、いや。」
そういうつもりじゃないんだと、眉を下げて日番谷は笑った。
それは、酷く哀しげな笑顔だった。
走ったって、走ったって、走ったって
たどり着けない場所を目指して、僕らは走っていて
迷ったって、迷ったって、迷ったって
たどりつけない場所に、今僕らはいるんだろう。
227.停電
その不吉な音は、本当に唐突に聞こえた。
ブッツン。
その瞬間に、世界が真っ暗になる。
光に慣れた瞳が、一瞬宙を舞う。
とっさに支えを探した手の平が、其れに掠った。
迷わずに掴むと、其れはびくんと僅かに跳ねた。
周りが見えずとも、香りを嗅ぐことが出来ずとも、間違う事は無かった。そんな心配すらしない。
この掴んだ手は、愛しき彼のものだと。
暗闇には慣れていた。
それでも、その温もりが優しかった。
228.穴
「穴があったら、入りたい。」
よもや彼からそんな弱気な発言が出るとは予想にも無く、思わず雛森は耳を疑った。
顔を真っ赤にしながら顔を伏せる姿は、なんだか母性本能をくすぐる。
というより、可愛い。そう雛森は本気で思った。
「気にしなくて良いのに。」
そうフォローすると、日番谷はむすっとした顔で黙りこくった。
それでも、頬は真っ赤である。
確かに、紅葉の葉を取ろうとした日番谷が二階から転落してきた事には面喰らったが、そんなに気にすることなのだろうか。
そう思ったが、彼なりのプライドやなんやらがあるのだろう。
そんなことを気にするよりも、誰も居ない中で、この情けない彼を独り占めしようと雛森は笑んだ。
「笑うなよ」
彼女のその笑顔を勘違いした日番谷が、拗ねた口調でそう言うので、雛森は思いっきり笑ってあげることにした。
229.ステーション
(パラレル注意)
出会いと別れと日常が交錯する。
はじめましてと、君が言った。
また会おうねと、君が言った。
この駅で。
君が、泣き出しそうな顔で笑った。
二度と会えないわけがあるか。俺は下唇を噛んだ。
いまや、日本の端から端までゆくのに時間は二桁かからない。
半日かければ、世界の裏側まで飛んでゆける。
世界中どこでも、24時間声は聞ける。顔を見ながら、話だってできる。
発射のベルが鳴る。
手が、離れる。
歪んだ笑顔の彼女と、俺の間を、無機質な扉がさえぎろうとする。
「俺を惚れさせたこと、後悔させてやるよ。」
生まれて初めて、執着の意味を知った。
210.
ひとつ上って
ひとつ下って
どちらの踊り場のほうが近いかしらと首を捻る、卑怯なあたしはきっと
屋上の景色を知ることは、ないのでしょう。
おちた涙の数など、数えることもなく。