231.1.5倍
そっと口を尖らして、君が拗ねた真似をする。
そして、ちらりとこちらを見上げて様子を見る。そんなのじゃ、怒っていないのがバレバレだ。
いつになったらそれに気付くのだろうと思うが、面白いので黙っておくことにしている。
「俺が悪かったって。」
あからさまなやる気のないその謝罪を聞いて、彼女が緩みそうになる頬をこらえているのが明らかだった。
それでも拗ねつづける振りをするのは、その後の「ご褒美」を待っているからである。
「ごめんな。」
そう言って、顔を近づける。
堪えきれなくなったのか、雛森は緩んだ顔で笑って、目をつぶった。
いつもより、1.5倍の口付けを落とした。
232.ホクロ
「ひとーつ。」
急に背中をぷに、と押した雛森が、何かを数えだした。
「ふたーつ。」
今度は、肩をぷにり。
「……なにやってんだ。」
あきれながら尋ねると、彼女はえへへと笑った。
「あたしだけが知ってること、数えてるの。」
233.乾き
喉に、何かが張り付く。
痛い。気持ち悪い。
水がほしかった。冷たい水がほしかった。
求めて、もがいて、
俺はおぼれた。
234.アクビ
くぁ〜と、アホみたいにデカイ口を空けて目の前の女は欠伸をした。
もうちょっと、こう、口を隠すとか、女性らしいしぐさはできないのか。そう思ったが、できないからしないんだろうと思い直した。
包丁を持った手で眼をこすろうとする。危ないことこの上ない。
「そんなにねみぃなら、寝てりゃあいいじゃねえか。」
ベッドの上でえらそうに言ったって様にならないことは解っていたが、睡眠時間を削ってまで介護されなければいけないほど重病でもない。
「大丈夫だよ、お仕事は忙しくないし。」
にへらと笑うその目の下には、くっきり隈が現れている。
では何をしているというのだ。言葉にせずにじろりと彼女を見ると、嬉しそうに笑顔を返された。
「秘密で〜すっ!」
数日後、彼は差出人不明で送られてきた見事な千羽鶴にため息をつかされることとなる。
235.破れてしまった
「あーあー…。」
ぼそりと、彼女は悲しそうにつぶやいた。
そろそろ危ないかと思ってはいたが、ついに破れてしまった写真。
一息に、びりっと破れてしまった。仕方ない。形あるものは何時か壊れるのだから。
ぐしゃりと丸めて、ごみばこに投げる。
これでお終い。
それでよかった。最後の最後の、彼女なりのケジメ。
レンズ越しの、優しい瞳を思い出すのはもう止めにしよう。